8.職業を追及
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あの後ありきを尾けて辿り着いたのは、超有名な高級ホテルだった。
「……こんな所で、仕事?」
ますます分からん。
ロビーで同じくスーツを来た男性と落ち合い、その場から去って行くありきをこっそり外から見届けた。
俺もどこかに移動しよう。こんな場違いな所にいられないし。一時間くらい時間を潰せれば、とりあえずいいだろう。
さて、とは言うもののどこへ行くか。この辺りは来たことがないから、地理が分からない。近くをうろついてみたが、ファストフード店も見当たらない。
「うーん、どうすっかな……」
スマホで地図アプリを使って検索してみても、この辺りはオフィス街で駅まで戻らなければ何もないらしい。歩いて10分弱、か。仕方なく引き返すことにした。
駅まで戻って、更に反対側。
ようやく辿り着いたそこは、ちょっとした異世界だった。そこかしこに男性がいるのに、女性がいない。手を繋いだ男性二人組はいるのに、男女の組み合わせはない。
それもそのはず。ここはゲイの集う店が多々ある場所で、そっち方面の人間にはよく知れた界隈だ。地理に疎いとこうなる。
しかしこの時の俺は、そんなことを知る由もなかった。ただ時間を潰す手段を探してるだけなので、目に付いたファストフード店になんとなく入ることにした。
いらっしゃいませ、という決まり文句にちょっとホッとして、いつも頼む注文をする。ハンバーガーとポテトとコーラ。
席に着いて、改めて店内を見てみた。男、おとこ、オトコ。女性がいない。
ちょっと不思議に思いながら、バーガーに齧り付く。いつも通りのバーガーの味と、見慣れない光景の店内に違和感を拭えない。なんか、変な所に来ちゃったかも。早く出て、あのホテルに戻ろう。暇になるかもしれないけど、怪しい場所で時間潰すよりはマシ。
急いで食べて、コーラも流し込んで、さっさと店から出た。駅まではすぐだ。一度立ち止まって、時間を確認しようとスマホを取り出す。たったそれだけなのに、不運は巡ってくる。
「ね、誰かと待ち合わせ?」
「いえ……違いますけど」
「じゃあ良かったら、ちょっとそこの店で一緒に飲まない?俺も一人なんだ」
大変分かりやすいナンパだった。解せないのは、俺も向こうも男だってこと。別に一人なら一人で飲みに行ったらいいだろ、と胸の内で思いながら、引きつった笑いを浮かべる。
「あーすみません、そーいうのはちょっと……」
「そうそう、この子、僕の連れなので」
突然の第三者の介入に、ギョッとして後ろを見ると、いかにも優しげな風貌の男の人がにこやかに立っていた。
「さ、行こう?」
「えっ?ちょっと……!」
さっさと手を引いて歩き出されたので、わけも分からずついて行く。待って、これ、知らない人にはついて行っちゃイケマセンってやつじゃない?
「あの、ありがとうございました。もう大丈夫なんで……」
「うん?ああ、ごめんなさい」
パッと手を離して、その人は立ち止まった。
「助けていただいてありがとうございました。ここで失礼し」
「せっかくだから、寄って行きませんか?」
言葉尻を遮り、その人が指差したのは目の前の居酒屋。名前は『御伽』というらしい。
「はぁ、でも俺未成年なので、」
「あは!見ればわかりますよ。まぁまぁ遠慮せずどうぞ」
ぐいぐいと引っ張られて中に連れ込まれた。どうやらお客さんは俺以外には二人だけらしい。その二人が一斉にこちらを見て、一言。
「新入り?」
「新入りですか?」
異口同音にそう言うものだから、思わずズッコケそうになる。誰が新入りだ!拉致被害者だよ!
「やだなぁ藤井、千くん。よく見てよ」
よく見えるように俺の顔を後ろから掴んで固定したその人は、ほらほら〜と楽しげだ。何この状況。俺、どうなっちゃうの。
「あ、お隣の苑くんかな?」
「お隣の?ああ、有木の」
見事に正解なんだが、なぜありきの隣人であることと、俺の名前が一致するのか。犯人はきっと、ありき本人に違いない。まさか個人情報がこんな所に流出していたなんて。あの隣人は一体どういうつもりなんだ!
「ちょっと状況が飲み込めないんですけど、あなた達は誰なんですか?なんで俺のこと知ってるんですか?」
「俺は有木の雇い主兼飼い主」
「僕は同僚です」
「ご飯の提供者です」
ちんぷんかんぷんだが、どうやらありきの仕事関係の人達らしい。そうだ、俺はありきの仕事がなんなのかを探るべく、こんな所まで来たんだった。
「有木が心配してたぞー。俺と乙木さんのところに保護要請きたからな」
「保護?」
「ついて来ちゃったんで、危ないから見つけ次第保護しといてください、ってメールがきてな」
ばれてた……!藤井、と呼ばれていた人がニヤニヤしながら、そのメールを見せてくれた。
「さて、お隣の苑くん。わざわざ後をつけるなんて、何か有木について知りたいことがあるんじゃないかい?」
「あ、そうだ!ありきって何の仕事してるんですか!?」
三人は顔を見合わせて、ヒソヒソ会話している。良いのかねー、とかいずれバレる、とかそんな言葉が漏れ聞こえる。
「有木は、自分の時間と身体を売るお仕事してんの」
やがて、藤井さんがそう言った。
身体を、売る?
「ば、売春!?」
「そんなはっきり言わないでくれよ、せっかくオブラートに包んだのに」
あっさりと藤井さんは認めてしまった。俺はというと、到底受け入れられそうにない。
「じゃ今日も……」
「買われてるね」
「そんな、」
そんなサラッと言われても。ショックで絶句していると、千さんが口を開いた。
「オーナーが言ったとおり、有木くんは彼の時間を売ってるんです。その中で、体の関係を求められれば応じてるってだけで」
だけ、ってこともないだろう。そんな、求められれば応じるって……。
「でも、彼は誰かに買われるのが常だったけど、君に関して言えば、自ら時間を割いて関わろうとしてる。君は、彼にとって特別な存在なんだ。それだけは分かってあげてね」
乙木さんが静かにそう言った。俺が特別?だから何だ、身体を売ってることに変わりはない。
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