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常冬の雪の国にも、短い春が来る。
束の間の柔らかな風の中、優は子供達に囲まれていた。
「優おねーちゃん!花の都のお話して!」
「えー、またぁ?」
「うん、花の都の、冬の騎士団のお話!」
「しょーがないな。…じゃあ、今日は騎士団長様の恋のお話ね」
小さく笑って、優は口を開く。
…それは、彼女が魔法使いとして雪の国にやってくる前、花の都で商人の娘として暮らしていた頃の昔話。
「あっ、できた!」
「やっとできたの?花を咲かせる魔法」
商人の娘である優は、魔法学校に通わず独学で魔法を勉強していた。
その努力が実ったのが嬉しいのか、優は次々に手の中から花を咲かせていく。
「店中が花だらけになるからそろそろ止めなさい!あと配達行ってきて、城前通りの薬屋さんと食堂ね」
「はーい」
昼下がりの城下町は、人々で賑わっている。
配達のついでに食堂の女将とお茶を飲んでいた優は、ふと窓の外が先程より騒がしいことに気が付いた。
「…なんだろ?」
「お偉いさんでも出てきたのかね?」
「じゃあ通れなくなる前に帰った方がいいかも。ごちそうさま!」
女将にお礼を言って食堂を出ると、通りはいつも以上に人で溢れていた。
少し離れたところに人だかりが集中しているのを見るに、そこにこの騒ぎの中心人物がいるのだろうか。
(早く帰ろう、)
人だかりに背を向け、自宅へ戻ろうと歩き始めたまさにその時、背後でよく通る声が響いた。
「見つけた!」
思わず振り返ると、人だかりが割れて一人の男がこちらへと向かってきていた。
紅いマント、胸の紋章、鈍色の髪と翡翠色の瞳。
堂々とした佇まいで優の前まで歩いてきたその人は。
「…騎士団長…様…?」
「やっと見つけた。お前に話がある」
「えっ…えぇっ?」
事態が飲み込めていない優を軽々と抱き上げて馬に乗せ、騎士団長は城下町を抜けて行く。
残された街の人々は、それを唖然として見送るしか無かった。
「ここまで来れば大丈夫か」
「あの、騎士団長様…!」
「ん?」
町外れの川岸で馬から降ろされた優は、恐る恐る騎士団長を見上げる。
「えっと、あたし、何か無礼を…?」
「ああいや、そういうんじゃない。驚かせて悪かったな」
まあ座れ、と促され、堤防に並んで腰掛けると、騎士団長はばつが悪そうに目を逸らした。
「前に、海で会っただろ?その時から忘れられなくてだな…もう一度会いたくて、探しに来た」
「えっ…」
「颯斗…副団長に、名前と商人の娘だってことは聞いたけどそれだけじゃわからなくてな。とりあえず街に出てみたら、ああなった。結果的に迷惑かけちまったな」
「……」
申し訳なさそうに笑う騎士団長に、優は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
そんな顔を見たくない、いつもの強気な笑顔を見せてほしい。
何故かそう感じて、優は騎士団長の前に立った。
「優?」
「騎士団長様。右手を出して頂けますか?」
「?」
「掌を上にして、軽く握ってください」
不思議そうに首を傾げる騎士団長の拳をそっと両手で包み、優は小さく呪文を唱える。
「私の合図で、手を開いてください。3…2…1…ゼロ!」
「……!」
騎士団長が手を開くと、その掌から二人の回りに沢山の花が降り注いだ。
「これは…」
「この魔法、今日初めて成功したんです」
お気に召しましたでしょうか?
優がそう言うが早いか、騎士団長は優を抱き上げた。
「わ…!」
「ありがとう、今までに見たどの魔法より気に入った!」
「これくらい…魔法学校の生徒なら誰でも使える初級魔法です」
「いいや、俺にとってはどんな魔法より素晴らしい魔法だ」
見下ろした笑顔は、優が望んでいた以上に嬉しそうで。
彼女もまた、自然に笑顔を浮かべていた。
「ねぇ、その女の子と騎士団長様はどうなったの?」
「身分の違う恋だから、添い遂げることは叶わなかったの」
「えー、そんなぁ…」
「魔法使いになった女の子は、騎士団長様から逃げるように花の都から姿を消したのよ」
「…かなしいね」
「…そうだね。ほら、そろそろお昼でしょう?帰ってご飯食べてらっしゃい!」
「はーい!」
「またね、優おねーちゃん!」
子供達の背を見送って、優は庭に出た。
今頃、花の都にもあの頃と同じ春が来ているのだろう。
「……………」
唱えた呪文はあの時と同じ、初めて覚えた花を咲かせる魔法。
手の中から舞い散る花吹雪の向こう、現れた人物に優は自分の目を疑った。
「騎士団長様…!?」
「久しぶりだな、優。元気だったか?」
「どうしてここに、」
雪の国に来ることは、家族にしか知らせていない。
しかも、万が一聞かれても騎士団長と関係者には教えないようにと釘を刺しておいたはずだ。
事態が飲み込めていない優に、騎士団長はニヤリと笑う。
「…まず、俺はもう騎士団長じゃない」
「え、」
「退任して、颯斗に任せてきた。で、自力で探しに来た」
ゆっくりと近付いてくる“元”騎士団長は、優の数歩手前で足を止めた。
「騎士団長様、」
「一樹、だ。様ももう要らない」
「…一樹、さん」
優が名前を呼ぶと、一樹は嬉しそうに笑って両手を広げる。
「優、俺はまだお前を愛してる」
「!」
「お前の気持ちがまだ俺にあるなら、俺の腕の中に来い!」
強気な笑み、別れた時と変わらない輝きの瞳。
次の瞬間には、優は一樹の腕の中にいた。
「あたしも…あたしも、ずっと好きでした…!」
「ああ」
「もう、離れなくていいんですよね?ずっと一緒にいられるんですよね?」
「…ああ、これからはずっと一緒だ」
交わした口付けは今までのどれより優しく、二人は幸せを噛み締めた。
その年以降、雪の国の春がほんの少しだけ長くなったというのは、民の間で密やかに囁かれている噂である。
雪花舞い降るその場所で
(今度こそ離れないと)
(約束するよ)
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