「冬の騎士団だ!」

「冬の騎士団が帰ってきたぞ!!」

ここはとある小国の城下町。
街がいつになく賑わいを見せているのは、山向こうの隣国へ出向いていた騎士団が凱旋したからだ。
彼等は、冷酷なまでのその戦術から『冬の騎士団』と呼ばれていた。

「あら優ちゃん、冬の騎士団が帰ってきたのに見に行かないの?」

「街の娘達は皆着飾って城門に向かったわよ」

「あたしは遠くから見ているだけでいいんで。はい、これいつもの!」

両手に荷物を抱えてぱたぱたと走り去る少女の背中を見送り、婦人達は揃って溜め息を吐く。
優、と呼ばれたその少女は商人の娘で、恋愛に興味が無いのかその手の浮いた話が流れることが無かった。

「あの子も年頃なのにねぇ…男の一人や二人いてもいいんじゃないかしら」

「でもそれが優ちゃんのいいところでもあるから…」

婦人達の噂話など露知らず、優は商品の配達を終えて海辺を散歩していた。
今の時間帯は人も少なく、のんびりするのにちょうどいいからだ。

いつものように靴を脱いで波打ち際を歩いていると、ふと視界をよぎった赤い色。
何かと思って辺りを見渡しても、普段と変わらない静かな海で。

「確かこっちの方に見えた…ような…?」

瞬間の記憶を頼りに岩陰を除き込む、と、そこにあったのはこの街の民なら誰もがよく知る姿。
赤いマントに左胸の紋章、そして、鈍色の髪。

「騎士団長…?どうしてこんなところに、」

常に揺るぎ無い光を宿す翡翠色の瞳は今は閉じられていて、規則的に繰り返される呼吸に彼が寝ていることがわかる。

「…どうしよう、起こした方がいいのかな」

冬場ではないとはいえ、もうすぐ日も陰る。
こんな海辺で寝ていたら、間違い無く風邪を引くだろう。
数刻悩み、優は思い切って彼の肩を軽く揺すった。

「団長さーん…起きてくださーい…」

「…ん、んー…?」

その声に反応したのか、騎士団長はゆっくりと目を開けてぼんやりと優を見つめる。

「そろそろ日が陰ります。お風邪を召されますよ」

「もうそんな時間か…ありがとう」

「いえ、御礼を言われるようなことは何もしておりません」

パタパタと砂を払い、立ち上がった彼は優を見つめ、口を開いた。

「…お前、名は」

「団長!こんなところにいらっしゃったのですね!」

彼の言葉を遮るように現れたのは、薄紅の髪の副団長。
国王がお待ちですよ、と団長を促す彼に優はぺこりと頭を下げる。

「…お忙しいようですので、失礼致します。出向お疲れ様でした」

「ええ、気をつけてお帰りになってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「あ、待っ…」

団長が引き止める暇も無く、優は小走りで去っていった。
小さくなるその背中を見つめながら、団長は部下に問い掛ける。

「…なあ颯斗。あの娘、誰だかわかるか?」

「城下の商人の娘かと。名前は…確か優といいましたか」

「…優、か」

「少々お転婆なところもありますが、明るくてよく働くので評判はいいようですね」

副団長の言葉を頭の片隅に留め置いて、団長は少女の名前をもう一度呟いた。
彼が少女を探して城下町に繰り出し、町中を騒然とさせるのはこの数日後のことである。




もう一度会いたい、ただ、それだけだった
(会ったら、触れたくなるなんて)
(触れたら、欲しくなるなんて)
(…そんなこと、わかりきっていた)





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