「…ん、」

「!」

電話を切った直後、一樹先輩が目を覚ました。
何度か瞬きをして、ぼんやりとあたしを見つめる。

「すみません、起こしちゃいましたか?」

「いや…。電話、してたのか…?」

「はい、颯斗から。授業始まってるって怒られちゃいました」

あいつらしいな、と笑う先輩に、あたしも苦笑を返す。

「さっきから15分も経ってないですし、まだ寝てていいですよ?」

「大丈夫だ、ありがとな。大分スッキリした」

起き上がり、笑顔であたしの頭を撫でる先輩。
恋に気付いた心は、たったそれだけで大きく跳ね上がる。

「…?どうした、なんかあったのか?」

「え…何も無い、ですけど」

「そうか?ならいいが…何かあればすぐに俺に言えよ。遠慮はいらないからな」

「は、い」

あたしのわずかな変化に気付いたのか、一樹先輩は心配してくれたけれど。
さっきの颯斗との会話を思い出して、チクリと胸が痛む。

…言えるわけがない。
知り合ってから、まだ間もないのに。

『貴方が好きです』なんて、言えないよ。

「月子に相談してみようかな…」

「ん?月子がどうした?」

「なっ、んでも、ないですっ」

女の子の秘密です、と誤魔化せば、なんだよそれ!、と髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられる。

今はまだ、この距離でいい。
気持ちを伝えてこの関係が崩れてしまうなら、仲の良い先輩後輩のままでいたい。



――放課後。
月子に助けを求めるべく、あたしは天文科の教室に駆け込んだ。
の、だけれど。

「月子なら部活に行ったぞ?」

錫也の一言に、あっさり撃沈。
あまりにも落胆した様子のあたしを見かねてか、哉太が顔を覗き込んでくる。

「なんだよ、そんなに大事な用事だったのか?」

「…端的に言えば、恋愛相談かな。出直すわ…」

後で寮の部屋を訪ねればいいや、と教室から出ようとすると、錫也があたしを呼び止めた。

「この後月子に差し入れ持って行こうと思ってるんだけどさ。良かったら一緒に行かないか?」

「…いいの?弓道って精神競技だし、邪魔にならないかな」

「休憩時間に見計らって行くから、大丈夫だよ」

だから、な?
そう言って微笑まれたら、断る理由なんて無くて。

「じゃあ、ご一緒させてもらおうかな」





(あれ、哉太は行かないの?)
(哉太は明日提出の課題が終わってないから図書館に缶詰めです)
(あぁ…)
(ちょっと待て優、なんだよその納得したような反応)




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