…しくった。完全に油断してた。

とあるビルの屋上、背後は一歩下がれば真っ逆さま。
目の前、数メートル離れた先には楽しそうに笑ってあたしを見る少女。

「ふは、まさかCapellaが一人で来てるとは思わなかったよ」

「…あたしも、まさかSadalsuudがここにいるとは思わなかったよ」

Sadalsuud、かつての仲間。
今はどういうわけかFMSにいるけれど、彼女がZodiacにいた頃はそれなりに親しくしていた。
そのSadalsuudと、どうして今ここで対峙しているのかと言えば。

「んーまぁここにいる理由なんてひとつしか無いんだけど。さっきも言ったけど、ポケットのネックレス…渡してくんないかな」

あたしのスーツのポケットを指すと、Sadalsuudはにこにこと笑う。
…笑顔の奥の殺気は、隠さないままで。

「…断る、と言えば?」

「力ずくで奪うだけ。…ついでに、Capellaにも死んでもらわなきゃいけないかな」

ざぁ、と強い風が吹き、短めの髪に隠れていた彼女のピアスが月明かりにキラリと光る。

「Capellaが死ねばAriesのメンタルもガタガタに崩れるだろうしね。FMSとしては一石二鳥?みたいな?」

「…Ariesは、そんなに弱くない」

「どうだろうねー、彼はCapellaが思ってる以上にあんたを溺愛してるよ」

そう言いながらSadalsuudが投げた針のようなものが、あたしの頬を掠める。
小さな熱が走ったと思った瞬間、あたしの体は崩れ落ちた。

「…っく、弛緩剤…!?」

「即効性だかんねー。あんま得意じゃないけど、兄さんが教えてくれた毒薬の知識も結構役に立つね」

それはもう綺麗に口角を上げたSadalsuudが、ゆっくりとあたしに近付いてくる。
逃げようにも反撃しようにも、この体じゃどうにもできない。
ピタリ、あたしの前で止まったSadalsuudは、しゃがみ込んであたしの顔を覗き込む。

「Capellaのことは気に入ってたんだけど…これも仕事なんだ。悪く思わないでね」

それじゃあ…バイバイ。
SadalsuudがZodiacにいた頃から愛用していたククリナイフを振り上げる。
ああ、もうここまでか。観念して目を閉じようとした瞬間、鈍い金属音が響く。
ガラン、と音を立てて、あたしの目の前にククリナイフが落ちた。

「っ痛…その距離からナイフを弾くなんて、やってくれるじゃない?」

立ち上がったSadalsuudの向こう、屋上の入口で銃を構えていたのは。

「Aries…?ど、して、」

「予定時刻を大幅に過ぎても連絡ひとつ寄越さないから何事かと思えば…」

溜め息を吐きながらも、Ariesは銃の照準をSadalsuudから外さない。

「いくらかつての仲間とはいえ、Capellaに手を出したんだから容赦しねぇぞ、Sadalsuud」

「怖い顔しないでよ。公私混同は良くないんじゃなくて?」

「黙れ。すぐに他の仲間も到着する。お前に逃げ場は無いぞ」

翡翠色の瞳で睨み付けるAriesに、Sadalsuudはやれやれと溜め息を吐いた。

「まだ殺しはしないよ。Capellaのことは好きだし、すぐに殺しちゃったらつまんないでしょ?」

「Sadalsuud…」

「じゃあね、Capella。今度は弛緩剤なんか使わないで本気出させてもらうから」

ふわりと微笑んで、Sadalsuudは隣のビルへと飛び移る。

「ばーい、Aries!今日のところは退いてあげるから、早くCapella連れてアジトに帰りな!」

至極明るく彼女は笑い、都会の闇に消えた。
駆け寄ってきたAriesに抱き起こされながらも、彼女の笑顔はいつまでもあたしの瞼の奥から離れなかった。




の夜に君とワルツ
いつかきっと来るその日が、できるだけ遠くなるように。
(道は違えても、大切なトモダチだから)





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