ぱつん、と何かが弾けるような音がした。それは断続的に連なり、地面を打つ音と重なり、やがてざあざあという濁音になった。雨だ。

窓辺で本を読んでいた私は、雨に烟る外を見て、ふと今は外出中の恋人の事を思い出す。────芥川 龍之介。黒社会でもトップクラスの危険人物と名高い最凶の異能力者。

極めて凶悪且つ残忍な異能を持つ彼は、しかし今日は何処ぞの施設だか会社だかの視察任務の筈だ。ならば普段なら帰りは徒歩で、ついでに巡回の様な事もしてくるのだろうが、この雨では無理だろう。迎えの車が出る筈だ。



本に栞を挟んで、傘を手に部屋を出る。丁度そこを通りがかったスーツの青年たちが私の姿を認めて、ぺこりと頭を下げる。私もなんだか、偉くなってしまったものだ。





「アキさん」

「うん、凄い雨だね。芥川さんのお迎え、誰が行くのか知ってる?」

「は、それなら今から自分が…────」

「なら丁度よかった。ねぇ、私も一緒に行っていい?」

「は……?」





そんなに変な事を言っただろうか。
サングラスの奥で目を瞬かせてから、慌てて「勿論です」と返事をするその人に、にっこりと笑ってみせた。








****



────雨は好かない。半端に湿気った空気が喉に絡んで、煩わしい。

ならばどういう天候が好きなのか、と問われれば、それはそれで答えに窮するのだが。
ざあざあと窓を叩くそれをぼんやり眺めながら、芥川は喉の違和感を拭おうと咳払いをした。無論そんなもので違和感がどうにかなる訳はなく、余計に咳をするはめになったのだけれど。

顔をしかめて、紅茶を啜る。
────広がるのは濃密な香りと苦み。



帰り際に降り始めた雨で足止めを喰らう事、凡そ十分弱。雲行きの怪しさを察した部下が早めに車の手配をしたらしいが、タイミングがタイミングだったので、仕方なく芥川は応接室で紅茶を嗜んでいる。

雨のせいで余計に滞在する事になった芥川の世話を言いつけられて、緊張しているのだろう。部屋の隅に強張った面持ちで立っている女性社員には目もくれず茶を啜りながら、芥川はただ家の紅茶が飲みたい、などと考える。





「芥川さん、迎えの車が到着しました」

「漸くか」





飲みかけのそれをソーサーに戻し、普段よりもやや性急な動作で立ち上がる芥川が、足止めを喰らったせいで不機嫌になったとでも思ったのだろう。部下の男が慌てて扉を開ける。





「……御苦労」





気紛れに云えば、サングラスの奥の瞳が見開かれるのが視界の端に見えた。構わず歩を進めながら人知れず口角を上げ、ロビーに出ると、正面口に停めた黒塗りの車が見えた。しかしよく見れば後部座席に誰かが座っている。

別の車か、と思った瞬間、その後部座席のドアが開く。傘を差して出てきたのは、予想外の、見知った小柄な人物だった。



……戯れに部下を驚かせて遊んでみれば、今度は驚かされる側となるとは。

声には出さず苦笑して、自動扉を潜る。





「おかえりなさい」

「ああ」





芥川の顔を見てここまで破顔するのは、彼女くらいのものだろう。嬉しそうに駆け寄ってきて、傘を差し掛けてくる恋人の頭を撫でてやれば、その表情が更にふにゃりととろける。





「お前に迎えを頼んだ覚えはなかったがな」

「だめだった?」

「……そうは云っとらん」





よくやった、と犬にでもする様に撫でておきながら、我ながら矛盾した事を云っているなと思いつつ、ふと連れ立って歩く彼女が、芥川が濡れぬ様にと傘を傾けて持っている事に気付く。小さな手から柄を奪い、反対の手で肩を引き寄せると、既に其処は濡れていて、芥川は溜息をついた。が、反して彼女は、まるで沸騰するかの様にぼんっ、と赤くなる。





「なんだ」

「いや、なんも……」





“なんも”なんて事はないだろう。
苦し紛れか照れ隠しか、最早嘘にもなっていない言葉を発する彼女に堪らずくつりと笑えば、「もう」と小さな抗議の声と共に熱い顔が胸元に押し付けられる。

相合傘の時間はすぐに終わり、ドアを開けてやり、彼女が車内に乗り込むのを待っていると、ふと運転手と目があった。何やら呆気に取られた様な顔をしているが、芥川と目があった瞬間にばっと前を向く。

……相合傘など、部下の前でする事ではなかったか。



しかしそう反省しつつも、彼女が芥川の姿を認めた時の、あのとろける様な顔を思い出すと、もう来るなと言える訳もなく。





「……帰ったら、茶が飲みたい」





ただ、そう溢してしまうのであった。








相合傘



「緑茶?紅茶?」

「紅茶」

「いつもの安いティーバッグしかないよぉ」

「構わん」

「あったかいの淹れたげるね」

「ん」

「(勘弁してくれ……)」





付き合いだして半年経ったくらいのツンツン装いきれなくてデレが見え始めたやつがれ可愛い


(20161015)





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