時刻は丁度日付が変わった頃の事である。
不意にがちゃりと部屋のドアが開いて、ベッドにごろ寝して本を読んでいたナットの腹の上に何かが落ちてきた。

ちょうど華奢な少女一人分程の重さ。
本をどけてみれば、そこには一匹の黒猫…もとい、黒猫に扮した可愛らしい恋人の姿があった。

クスッと笑って、その柔らかな頬を撫ぜる。



「Buonasera,Gattina(こんばんは、可愛い子猫ちゃん). こんな夜更けにどうしたのかな?」



そんな猫なで声を出してみれば、少女…エルフェもまたクスクスと笑って頬に寄せられたナットの掌にすり寄ってみせる。



「Buonasera,Damerino(こんばんは、色男さん)…今日はハロウィーンだから、おめかしして会いに来たのよ」



なんて、少し前まで変にソワソワしながら皿を洗っていた娘がよく言う。何を隠しているのかと思えば、こんな事を企んでいたとは。

上等な品なのだろう、ルームランプに淡く照らされた薄暗がりの中でも、その漆黒のワンピースは艶めいた輝きを放つ。華奢なデコルテやワンピースとサイハイソックスの間から覗く、真っ白な素肌が眩しい。己の腰を跨ぐ下肢をなぞっていけば、ご丁寧にもふわふわした尻尾まであった。

「えっち」と罵る顔はまったく言葉にそぐわず、今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうに掌に頬擦りしてくる彼女の顎を、猫にする様に掻いてやる。鳴き声の代わりにくすぐったいわよ、と笑い少女はナットの手をそこから引き剥がして、胸に抱え込んだ。『捕まえた』と言わんばかりにブルーダイヤの瞳が悪戯っぽく輝く。

そうしてナットの左手を拘束したまま、エルフェはごそごそとポケットをまさぐり始めた。



「はい、これ」



そんな声と共に、何か冷たいものが指に通っていくのを感じる。



「Buon compleanno,ナット」



左手の薬指。幅が広くファッショナブルなデザインだが、重厚さを感じさせる指輪がそこにはまっていた。

それそのものは彼女らしい気品ある素晴らしいものだったが、まさか薬指に通してくるとは。驚いて指輪のはまったそこをしげしげと眺めていると、その手の向こうで首を傾げる可愛い子猫。ついさっきまで自信満々だったオーシャンブルーが、無言で贈り物を眺めるナットを見つめ、不安そうにちらちらと揺れている。

本当に愛らしい子猫だ。くすりと笑みをひとつこぼして、ナットは猫の頬を撫でてやる。



「ありがとう、いい指輪だ」

「そう?よかった」



ナットのたった一言で花が咲くように笑うその様が、素直に心から愛おしいと感じる。



「ところで、“これ”はプロポーズって奴かな、Gattina?」



意味を知らない訳はあるまい、と左手をひらりと翻して見せれば、彼女は何でもない事かのように「そんなんじゃないわ、ただの予約よ」とぺろりと言った。しかし頭の上でなく横にある彼女の本物の耳が、今頃ほんのり色付いているであろう事は薄暗がりでもわかる。



「予約、ね」

「浮わついたオスは嫌いなの、いけない?」

「いいや、逆だ」



おいでと腕を広げれば素直に身を預けてくる愛しい子猫。出会ったばかりの頃が懐かしい。あの人見知りで警戒心の強い怖がりな子猫が、今ではナットにこんなにも心を開いている。すりすりと身を寄せてくる少女のファーで覆われた偽耳がくすぐったい。



「それで?」

「なに?」

「もう用は終わりか?」



こんな格好までしてきたのに?と悪戯にワンピースの裾を掬えば、せっかちね、と呆れた、けれど愛おしさを滲ませた声で少女が鳴いた。



「Trick or Treat.お菓子くれないと、悪戯するわよ」

「悪いが、菓子は持ってねぇなぁ」

「じゃあ悪戯ね」



お約束の流れにくすりと、妖艶さすら漂わせて笑う少女の唇が降りてくる。柔らかな口づけ。甘く熟れた唇を食みながらナットは、産まれた記念日を指折り数え、一年を待つ人々の心をほんの少しだけ理解出来た気がした。















2015/1031
ヒトの形をした、けれどヒトの心を解さない野獣とそんな野獣に恋した猫の一夜の逢瀬…みたいなイメプレ茶番もどき?← お祭だからなんでも許される。
遅ればせながら、ナットさんお誕生日おめでとうございます∩˘ω˘∩ゲスでも大好きです。これからもうちの子をよろしくお願いします。
(1102/あり)





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