「いいよ、普通にしてて。俺にも一本くれるともっといいな」
笑顔と共に何気なく言われた一言に、思わず一瞬、冗談かと疑ってしまい、驟雨はぱちくりと瞬きした。固まっている驟雨に、うん?と首を傾げる犀風。その仕種に漸くそれが冗談でない事を悟り、慌てて小箱を差し出す。
「ありがとう。火も貸してくれる?」
次いでライターも差し出せば、馴れた手付きでくわえた煙草に火をつける。
音を立てて燃え上がった焔に浮かび上がる端正な顔。男に使う言葉ではないが、素直に綺麗な顔だと思う。
ゆったりと吸い込んだ煙を空に吐き出す様は、その顔には些かミスマッチに思えた。
「甘いね」
呟く声に我に返り、しかし返す言葉も浮かばずに閉口していると、銘柄は、と尋ねられる。
「…フィリップモリス」
「可愛いの吸うんだね」
「…いつもこれじゃない…です」
「ふぅん」
とって付けた様な敬語にくすりと笑って、そんなに堅くならなくていいよ、と彼はくしゃりと髪を掻き上げる。
「…あんたは」
「ん?」
「もっと堅い人かと思ってた」
「…ふふ」
…狗巻 犀風。見た目は優男だが、狗巻家の中核を担う実力者だ。
何処か油断ならない空気を醸し出すその男はきっと、驟雨の…未成年の喫煙は認めない…或いは興味も示さないか、そのどちらかだろうと、そう思ったのだけれど。
「いつもお堅い訳じゃあ、ないんだよ」
悪戯っぽく、「君がうちの庭を汚すような不届き者なら、話は別だったかもしれないけどね」と笑って、彼は驟雨が差し出した携帯灰皿に灰を落とした。
「たまにはこういうのも悪くない」
何処か楽しそうに呟く犀風に、驟雨もまた小さく笑うのだった。
テイスト・イズ・ヴァニラ
(0327)