人間を駄目にするクッション。それはおよそ、ヒトが考えたものの中でも一、二を争うほどの罪深い生活雑貨である。

身を預けたが最後。一度味わってしまえばもう二度とは離れられない駄目人間製造機。最早ベッドと呼べるほどの大きさに誂えたそれに身体を埋め、俺は優雅に惰眠を貪っていた。



外はまだ少し肌寒いものの、屋内は勿論、日当たりの良い場所は格好のお昼寝スポットである。今日は午前中から少し働きすぎた為、少しばかり休憩をとろうと思い立って自室に帰ってきたのだが、なんと言うか、こんな日当たりのいい場所に、こんな駄目人間製造機を置いておいたのがいけなかったのだ。

少しばかり効率のいい休憩をするだけだと誰にともなく言い訳して目を閉じて…どれくらい時間が経ったのだろう。



ふと目を開けると日射しも翳り始めた頃合いで、数時間ほど眠りこけて…もとい、サボっていた事になる。

愛華に怒られてしまいますねぇ、と他人事の様に思考し、そしてふと、その妹は自分の腕の中で眠っている事を思い出した。微睡んでいる最中に、不意に腕を枕にして甘えてきたのを、胸に抱いて眠ったのだ。

その愛しい重みは変わらずそこにあって、優しく髪を撫ぜてやると小さく身じろいで胸にすり寄ってくる。そろそろ自分も妹も兄妹離れしてもいい年頃だったが、どうにも出来そうになかった。

だってこの妹は、こんなにも愛しい…────。

そんな満たされた気持ちで、漸く光に馴れてきた瞼を上げた時だった。

目の前の光景に、藍葉は固まる。



夕暮れの光に煌めく豊かな銀糸。
陶器のように滑らかで白い肌。

伏せられた睫毛は長く、それもまた銀色に輝いており、穏やかな寝息を溢す唇は薔薇色で、その雪のような真白の少女に華を添えていた。つまるところ、妹ではなく別人を抱いて眠っていたのである。

しかし全くの他人という訳でもなく…藍葉は驚きながらも、彼女の頬をそっと撫ぜた。



「…エルフェさん」



名を呼んで触れても、彼女はぴくりともしない。どうやら相当熟睡しているらしい。しかも彼女は私服姿で、わざわざ休暇を利用して藍葉の元を訪れてきた事が窺えた。…そういえば寝惚け眼に髪を撫でた時に、梳いた髪が妙に繊細で長い気がしたような。

そんな違和感を覚えたのを今更思い出して、自身の迂闊さに溜息をつく。

…折角訪ねて来てくれたというのに、構うどころか抱いて眠るなど。彼女の貴重な休日を潰してしまったのでは、と申し訳なさでいっぱいになり、ただそっとその白磁の頬を撫でる。

日頃の凛々しさからは想像も出来ないほどの穏やかで、年相応の…否、普段が普段なだけにか、それよりももっと幼く見える無防備な寝顔。

後ろめたさを感じながらも、手は愛撫するのをやめなかった。顔に流れる髪をのけてやると、あらわになった形のよい丸い額がとても可愛らしく思えて、堪らずキスを贈る。

流石に起きるだろうか。何をするのだと怒るだろうか。

そう覚悟したが、しかし、予想に反して彼女はふにゃりと破顔するのだ。初めて見るあまりにも素直な笑顔に、堪らず胸が高鳴った。

────…ああ、好きだなぁ…。

胸が苦しくなるほど、誰かを好きになる日が自分にも来るなんて思わなかった。そう、彼女に恋をするまでは。



「おやすみなさい、エルフェさん」



もう一度額にキスして、その笑顔を腕に閉じ込める。身じろいだ彼女が何事かを口の中で呟いて、その手が藍葉の背に回った。

あいば、と聞こえた気がするけれど、気のせいである事を願おう。さもなくばこの胸はきっと、ときめきで破裂してしまう。どうか高鳴るこの胸の鼓動で、彼女が起きてしまいませんように。

祈る様に目を閉じ、やがて再び眠りに落ちていく藍葉の枕元で、端末のランプが静かに明滅していた。

未読のメッセージが一件。
送り主は最愛の妹。



「おサボりは程々にしてくださいね、お兄ちゃん」



メッセージには抱き合ってすやすやと眠る恋人たちの写真が貼付されていたとかいなかったとか。








サボタージュ・ヘヴンズ








書いてから思ったけど、愛華ちゃんは別に藍葉くんがサボっても怒らない気がする(今更)。




(0221)




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