koneta | ナノ


さよならも言えないで/芥アキ(死ネタ)


 風の噂に、あの娘が世を去った事を聞いた。
 その幾分か前に、恐らく、会えるのは最後になる、と言われもしたが、会いには行かなかった。行く理由がなかった。行けば喜んだかもしれないが、顔を見に行った処で何が変わる訳もない。それは只の自己満足に過ぎない。故に、会うことはもうなかった。マフィアの中にも娘の葬儀に際して、花を贈った者があったそうだが、それもしなかった。あの娘の事だ、花なら溢れて収まりきらぬほど届いただろう。
 久々に顔を見た人虎は、もう一月も経つと言うのに未だ腐れた豆の様な顔をしていた。腑抜けをどうにかした処でとても戦果には数えられぬので見逃してやる、と言えば、奴は激怒して襲いかかってきた。激し我を忘れた獲物ほど、獲るに足らぬものもない。地に伏したまま、人虎は言った。

『もうアキちゃんは何処にもいないんだぞ。それなのに、お前はどうでもいいのか』。

 寧ろ何故に僕がそれを気にかけねばならぬのか。意味が分からぬ。そう返せば人虎はそれきり何も言わず、帰っていった。────嘆いた処でどうにもならない。そんな事も理解出来ず喚くだけの餓鬼に、一度でも不覚を取った事があるなど、正しく人生の汚点。ただただ、腹立たしい。
 苛立ちながら歩いていると、気が付くと海辺へと辿り着いていた。その道の先が、娘が葬られたらしい霊園へと続いている事を思い出すと、尚更苛立ちが募った。けれども引き返すのも癪で、その道を避けて、更に登っていく。登りきった時に感じたのは潮風だった。
 青い横浜の海を臨む終息の地。ふと、あの娘が海が好きだと言っていたのを思い出す。潮騒の音が、青くくゆる波が、其処に吹く風が好きだと。何故こんな下らない事を、僕は覚えているのだろう。
 目を閉じればまだ、あの娘の顔形も、声も、鮮明に思い出せる。揺れる髪、暁の光を束ねたような柔らかな色の瞳。よく笑うくちびる。声。子供のように熱く小さなてのひら。軽やかな足取り。
 その足で何処までも跳ねてゆくのだと思っていた。日の当たる道を、何処までも───否、今も、我々が知らぬだけで、あの娘は、この街の何処かを、歩いているのかもしれない。幼子のように落ち着きなく、楽しげに揺れながら。
 ……と、其処まで考えた処で、それが酷く滑稽な夢物語である事に気付き、嗤った。先程、人虎を嘲笑いはしたが、愚かなのは皆同じなのだ。
 ────微かに、鼻の奥が痛む。潮風のせいだと思いつつも、口にせずにはいられなかった。

「……莫迦莫迦しい」

 彼女が愛した潮騒と海風が、その呟きを浚っていった。



2017/06/02 12:28





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -