お題SS/風邪っぴきやつがれとアキ 身体が重い。寒くて、熱い。頭も、身体の何処もかしこも痛んで、酷く息苦しかった。それは心の何処かを酷く抉る様な、懐かしい感覚だった。 遠い昔、芥川はそんな風に、毎日を痛みと苦痛の中で過ごしていた。食べるものも雨風を凌ぐ場所もなく、同じ境遇の仲間たちの体温だけを頼りに眠る日々。 しかしそんなものはとうの昔に捨て去った筈だ。芥川は感情を得、師を得、職を得、住居を得て、何もかもを得た。その筈だ。現に芥川が今、寝転がっているのは混凝土(コンクリート)の上ではなく、その身体は温かな何かに包まれている。 ────ならば此処は一体何処なのか。 そして芥川はふと、……否、やっと、自身の左手を誰かが握っている事に気が付いた。小さく柔い指が、芥川の手を優しく包んでいる。確かめる様に親指でそれをなぞっていると、「起きた?」と誰かの声がする。 どうにか重い瞼を持ち上げると、飴色の瞳が不安そうにこちらを見下ろしていた。そうして思い出したのだ。自分がもう一人ではない事。師のありふれた一言の為に、無我夢中で駆ける夜は、とうの昔に明けていた事を。 「具合はどう?」 問われても、芥川は答えられない。長い夢から漸く覚めた様な心地で、何を言えばいいのか分からないのだ。しかし彼女は気にした風もなく、ただただその瞳に慈しみを浮かべて、「何か食べられる?」と聞くのだ。 ゆるゆると首を振りながら、目頭に奇妙な熱を感じて、芥川は慌てて目を閉じる。 「大丈夫、大丈夫だよ。すぐに良くなるからね。それまでちゃんと此処にいるから」 そんな声がして、温かなてのひらが頭を撫でる。今はただ、何も知らぬ乳飲み子の様に、眠っていたかった。 時には無知な童のように 2017/06/02 12:21 |