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炬燵/芥川とアキ


炬燵。其れは冬の風物詩にして、人を堕落させる魔物である。だらしなく炬燵机に頬を預け、ぼうっとテレビを眺めながら、芥川はそう考える。

何せ数日前に同居人が「安かったから」と購入してきてからこっち、家に帰るとすぐ『これ』である。相手は高々下半身を多少効率よく温めるだけの他愛ない家電製品だ、そんなものに自分が現を抜かす訳はないと思っていたのだが、一度入ってみれば最後、動くのは億劫になり、抜け出すのは至難の技、と結果は惨敗であった。

ポートマフィアの禍犬が聞いて呆れる……そう自嘲しつつも、炬燵から出る気はまったく起こらないので、我ながら呆れたものだ。



そしてこの家に此の悪魔の発明をもたらした諸悪の根元こと、同居人────というより、むしろこの家の家主なのだが────アキはというと、芥川の差し向かいで同じ様にぬくぬくと炬燵に埋まっている……と思えば、よく見ればすやすやと寝息まで立てているではないか。芥川は盛大に顔をしかめる。貴様、人が気持ちよくうとうとしていた時には此処で寝るなと散々つつき回しておいて。





「おい、起きろ」

「むにゃ……起きてる……」





いや、どう見ても寝ているだろう……。
声には出さなかったが、思わずそうつっこむ。つつけば寝言を漏らす程度には意識があるらしいが、それでも覚醒には至らない。彼女の寝穢さはいつもの事だが、しかし今日は確か、仕事で大捕物があったと言っていた気がする。それだけ疲れているのかもしれない。

空調の風に、微かにキャラメル色の髪がふわふわと揺れている。撫でるとそれは指通りがよく、柔らかくて心地がいい。そのまま感触を楽しむ様に撫で続けていると、だらしのない顔が更にふにゃりと弛む。芥川は溜息を吐いて、とうとう炬燵から這い出た。部屋は充分に暖かくしてあるが、それでも温度差に微かに背筋が震える。炬燵から出るのが億劫になったのはこの感覚を覚えてからだが、しかしこういう時ばかりはそれも気にならないので、不思議なものだ。



ぬるくなった彼女のマグカップの中身を代わりに飲み干し、自分の湯呑みと共に台所に持っていく。洗うのは明日でもいいだろう。今から冷たい水に触るのは流石にごめんだ。水に触れない様に無精をしながら湯呑みとカップに水を満たして流しに置きざりにし、リビングで未だすやすやと寝息を立てるアキの脇を掴んで炬燵から引きずり出し、背と膝の裏に手を回して抱き上げた。

暴れはしないかと一瞬警戒したが、アキは炬燵から出された寒さで小さくむずかっただけだった。



意識がある時の彼女は、こうして芥川に抱き上げられるのを執拗に拒否する。体重を気にしている様だが、芥川に言わせれば、ヒト一人の重さなぞ個人差こそあれど、どれも重いには変わりないので、気にする理由がいまいち解らない。「痩せてからやって」とは言うが、一体それはいつになるのだろう。今日も幸せそうに夕食(今日は鶏むね肉のトマトソース煮込みだった)を頬張り、自作の料理を自ら褒めちぎっていた彼女の声と笑顔を思い出す。



言動が思いっきり矛盾しているが、まぁそれもご愛嬌だ。仕方のない奴め、と思いつつ、芥川は微かに目元を弛ませる。どんな風になろうが、何をしていようが、アキが此処に居さえすれば、それでいいと思った。

家に帰れば彼女がいて、台所から料理の匂いと鼻唄が聞こえてきて、彼女の他愛ない話に耳を傾けながら食事を摂り、眠るまでの時間をぼんやりと共に過ごす。そうしている内に眠ってしまった彼女を、こうしてベッドまで運んでいく一手間でさえも愛おしかった。他には何もいらないとさえ思った。

頭では、生きていくだけなら、最低限の衣食住があれば事足りるとわかっているのに。然しそんなものは所詮、只の理屈でしかない。

人間とは、不可逆な生き物だ。知る前にはもう、戻れない。



柔らかい飴色の髪に、そっと唇をつける。息を吸い込めば甘くふくよかな匂いが肺を満たした。……きっとこれを、人は幸せと呼ぶのだろう。



その重みを手離す事を少々名残惜しく思いつつも、彼女をベッドに横たえてやる。眼鏡をとってやり、毛布をかければもぞもぞと自分からくるまっていくので、それを見届けてから、自分はもう少し夜更かしをしようとリビングに向けて踵を返した。……のだが。

くん、と何かに服を引っ張られる。見るとアキの小さな手が、それを掴んでいる。

驚いて彼女を見やると、その眉間には似合わない皺が刻まれていて、ううん、と愚図り声を上げていた。





「どうした」

「ふとん……つめたいぃ……」





……要するに一緒に寝ろ、という事か。

“布団が冷たい”だなんて、子供じゃあるまいし……と溜息を吐いたが、……まったく、本当に甘くなったものだ。服を掴むその手を握り、繋いでやりながら、彼女の隣に滑り込む。なるほど、確かに冷たい。

芥川がベッドに入るなり、心なしか嬉しそうにもぞもぞと懐に潜り込んでくる彼女を抱きとめながら、ふとつけっぱなしにしてきたリビングのテレビと空調機と、炬燵と明かりの事を考えた。だが、確かどれも一定時間操作がないと電源が切れる仕組みになっている筈だ。蛍光灯だけはそうもいかないが……まぁ、一晩くらいどうって事ないだろう。

この腕の中の安寧とは、較べるまでもない。



彼女の身体が痛まないよう気を遣いつつも、強く強くその身体を抱き締める。んふふ、と眠たそうな、けれども幸せに満ちた甘やかな笑い声がして、小さな手が芥川の背を探り当て、少しだけ冷えてしまった足先が、甘える様に芥川のそれにくっついてくる。

二人の体温を吸って、じわりじわりと温まっていくベッドの中。再びすやすやと安らかな眠りへと落ちていく彼女の額に口づける。彼女が見る夢が、幸せなものであればいい。そう願って。





「御休み」





言って、芥川もまた、夢の中へと滑り落ちていった。














【言い訳】
もうそろそろ結婚しそうな頃の芥アキの話。幸せに慣れて穏やかな顔で暮らすことが出来るようになったやつがれは可愛いなって書いたのはいいけど余りにも「誰これ?」案件だし、いまいち纏まりがないのでボツになりましたとさ。



2017/04/10 22:03





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