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痛み/アキ→敦くん






生まれてこの方、過保護な程に大切にされてきた。お陰で18年間も、怪我の類いとは無縁に生きてきた。厳密には一度だけ、七針ほど縫う大怪我をしたことがあるが、怪我をした当初の記憶は私の中から抜け落ちているので、この場合それは割愛するとして……────兎も角、私は怪我とは無縁の人生を送ってきた。何かと荒事が付き物の仕事だから、最近では足を挫いたり、関節を痛めたり、打ち身程度の怪我は時折する様になったが、それでも頻度は他の社員に比べればずっとずっと少ないし、そもそも捻挫なんて探偵社では怪我の内には入らない。此処で言う“怪我”というのは、たくさん血が出たり、命に関わる様な重篤な外傷のことを指す。先も言ったように、私はこの探偵社の中にあっても、今のところその様な大怪我をしたことはない。血を見ることはままあるが、それはもっぱら他人の血と、毎月の定期検査で抜き取るスピッツの中の赤黒い液体のことであり、精々が紙で指を切ってしまった時に滲んでくるくらいのものだ。私は大怪我をしたことはない。血がどくどく出て、衣服が真っ赤になる様な怪我をしたことがない。だからそれがどれだけの痛みを伴うものか、知らない。でも、指に出来た逆剥けをちょっと引っ張ったくらいでも、あんなにひどく痛むのだ。だから、彼が、敦くんが負った傷は、きっともっとずっと痛いと思うのだ。恐ろしいはずなのだ。怖いと、思うのだ。私は、見ていてとてもとても怖い。その痛みを想像するだけで、ぞっと何かが背筋を粟立てる。なのに、何故敦くんはああも簡単に痛みに立ち向かえるのだろう。否、簡単な訳はない。人は慣れる生き物とは言うけれど、それにだって限度がある。命を脅かす痛みには否応なく身体が拒否を示す。その危機を、本能的な恐怖という信号を発信することで、避けようとするはずだ。如何に覚悟があっても、身体が許さないと思うのだ。なのに、敦くんはいつも真っ直ぐに立ち向かっていく。真っ向から挑んでいく。自らが傷付くことを厭わず、ただ邁進していく。どうしてそんな事が出来るのだろう。そんな背中を見る度に思う。そして堪らなく苦しく、悲しくなる。それはきっと彼の生い立ちと無関係ではない。彼はきっと、痛みに慣れている訳じゃない。傷つけられることに慣れているのだ────。



(敦くんを、痛みの螺旋から解放してあげたい。ただ安らかに、朗らかに、笑っていてほしい。それなのに、彼に頼らなくては、守ってもらわなくては、時に生き延びることさえも儘ならない弱い自分が、堪らなく歯痒かった。)



2017/03/10 02:40





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