「奈々生ちゃん!」
「‥あ、なまえちゃん」
いつもと様子がおかしかった奈々生ちゃんに声をかける。奈々生ちゃんがげっそりした顔つきで椅子に座っていたからだ。小首を傾げどうしたのと問いかければ奈々生ちゃんは目の色を変えて喋りだした。
「聞いて!」
息継ぎというものを忘れたように言葉を紡ぎ続ける奈々生ちゃん。聞いたところによるといつもと同じ巴衛くんの話題だった。なにかあるたびに奈々生ちゃんからは巴衛くんの話がでる。ちょっと前までは聞くことが楽しかった。…この自分の気持ちに気がつくちょっと前、までは。
私は巴衛くんに恋してる。だから正直二人が羨ましい。
「奈々生。帰るぞ」
「…巴衛」
嫌々名を呼ぶ奈々生ちゃんの顔からはさきほどまでの笑顔が消えた。むす、とした顔つきで鞄をもち、私の方に振り向いた。
「じゃあねなまえちゃん!また明日ね!」
「あ…うん」
手をふり、別れる。巴衛くんは奈々生ちゃんが自分のもとへくるまで奈々生ちゃんを見てた。見てたから気がつかないと思ったのに。
「なまえ」
「…!」
ふいに名前を呼ばれどきりとする。普段巴衛くんからは声をかけられるどころか、名を呼ばれることすらない。急に、どうしたのだろう。たった名前を呼ばれただけなのに期待してしまいそうになる。
「いつも奈々生と良くしてくれてるな。礼をいう」
「…」
なんだ。奈々生ちゃんのためか。
「お友だちだもん」
精一杯わらった。笑顔を作った。そして今度こそ二人は帰っていった。
ばかだなあ。私。期待したって私なんかせいぜい奈々生ちゃんのお友だち止まりなのに。巴衛くんの瞳にはいつだって奈々生ちゃんしかうつっていないから。
…泣くな。ばか。
ぎゅ、とスカートを握り顔を俯かせる。ふいに頭にぱさり、となにかが乗っかった。それは制服の上着だった。
「鞍馬くん…」
「貸してやるよそれ」
だけど五分だけな、なんて憎たらしい言葉が吐き出されたときは床に投げ捨ててしまおうかとか考えた。でもできなかった。優しさが身にしみて、素直に受けとることしかできなかったのだ。
鞍馬くんはただ私の隣の席で仕事のための台本をぱらぱらとめくっていた。
…ああ、もう。こんな時に優しくされたらいくら私でもぐらっときちゃうよ。泣いてるあいだも浮かぶのは巴衛くんのかおばかり。奈々生ちゃんが憎いよ。なんで奈々生ちゃんなの。そんなことばかりが脳裏をよぎる。嫌な考えをしても、私は。
巴衛くんを見ていられるだけで幸せなのです。
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