みじかいの | ナノ

「さいってー!」


私は今初めて浮気現場というものを目撃してしまった
しかもビンタは彼女の渾身の一撃。
間違いなく痛い。
見たことがある人物だなあって思っていれば毎朝この付近で見かける高倉冠葉だった。
毎回女の子が違ってるからまさか、とは思ってたけど

(女たらしだと思ってたけどまさかここまでとは・・)
ぱちっと目があう。


「おはよう」

「・・なによ高倉冠葉」

「あれ?
名前知っててくれたんだ
嬉しいなあ」

「(イラ・・っ)
有名だからねいろんな意味で
んで?その高倉冠葉サマが私になにか用?」


ものすごーく嫌味を含ませた声色で言葉を吐き捨てる
目の前にいる彼は嫌な顔ひとつせずにやにや笑ってるものだから更に苛立った。

「言わないと分からない?みょうじなまえさん」

「・・!?
なんで、名前・・!」

「同じく有名だから
超お嬢様学校に通うみょうじさんのことは前から知ってたよ
毎朝この道通るだろ?
気になってさ」

「それが私となんの関係が・・」

「言わないと分からない?」

「・・・!」


お互いの顔の距離が近く、整ってある綺麗な、いや違う。大人びた顔立ちにどきっとしてしまう。その隙に冠葉の手がなまえのスクールバッグに触れる。そのままチャックがしまりきっていない隙間から手をしのばせようとする。


「ちょ・・っ触らないで!」


冠葉の手を振り払い、ぎっと勢いよく睨みつけた。


「・・ピングドラム、持ってるだろ」

「は?なにそれ意味わかんない
新手のナンパにしちゃ女の子の鞄を探ろうとするなんて趣味悪いよ!」

「陽毬のためになら手段なんて考えてられないんでね」

「陽・・毬?誰・・」

「お前には関係ない。早く鞄を渡してもらおうか」

「やだ。そんな事情も知らないのに渡せない!警察呼ぶよ!?」


自分の大声に人が集まってくる。


「兄貴?」

柔らかな声色がふってくる。
そして後ろからきょとんとした顔つきでこちらを見てる少年。
私と高倉冠葉を見てなにかを納得したような表情。


「あ!またおんなのこ口説いてたんだろ
やめてくれよこんなとこで」

「ちげえよ」

「じゃあこんなとこでその子となにしてたのさ」

「・・・チ、」

「兄貴!?」

「夕飯までには帰る」


背を向けひらひらと手をふり人ごみの中へと消えていってしまった。
いなくなったことから安心し、ほっと息をはく。


「ごめんね。兄貴が変なことして」

「あー大丈夫。変なことはされてないから」

「そう?」

「強いて言えば言い掛かりをつけられたぐらい、かな?」

「えっ!?
ご、ごめん!!」


あたふたと慌てるすがたにぷっと吹き出してしまう。そのままくすくす笑えば?マークをうかべた顔で見てる彼がいた。

「なんであなたが謝るの?なにもしてないのに」

「なんでって・・一応兄貴だし」

「じゃあ・・今回は許すけど次はないよ、って高倉冠葉に伝えておいてくれる?」

「・・う、うんっ」

もういっかい微笑んで見せれば彼は顔を赤くさせ下を向いて頷く。

「えっと、きみたち兄弟?」

「うん。僕は晶馬。よろしくね」

「私はみょうじなまえです。こちらこそよろしく。」

握手を交わす。
あの冠葉という男もこれぐらい良識のあるヤツだったらよかったのにね。

「そうだ。今度うちにおいでよ!お礼もしたいしさ。きっと陽毬もみょうじさんが来たらすっごく喜ぶ・・」「陽毬・・ちゃんって妹さん?」「?、うん。」


・・病気かなにかだろうか。ピングドラム。これが必要って言ってた。


「これ連絡先。」

「あ、ありがとう。」

番号やメアドが書かれた紙を渡された。じゃあ、と手をふりお互い家路へと急ぐ。
彼が気になり、後ろへ振り向いた。視界に入ったのは茶髪のボブの女の子と話している。女の子が一方的に喋ってつっかかってる。腕をひっぱられどこかへつれていかれようとしていた。あれだけ言われてもなにも言い返さず言いなりになってへにゃ、っとわらってる。


(彼女・・いるんだ・・ふーん・・そっか、そっか。)


なんだか胸の内がもやもやってなった。
もう一度二人の方へ振り向いた。そしたらもっともっと胸にかかった黒いもやが広がっていく気がして。ばかだな、って思って虚しくなった。




(高倉兄弟・・変な人。)



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