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心地よい風が窓から部屋へ吹き抜ける。
ベッドから外をいつものように眺める舞。
とたん、おそいくる吐き気にぐ、と喉をつまらせ咳こんだ。


「・・ぐ、っ
げほ、げほ!・・、」


口を覆ってた手を離してその掌を見れば、少量の血。舞は感じた。
自分に残された時間が残り僅かだということに。
つい昨日自分の気持ちに気がついたのに。
まだまだ彼とやりたいこと、話したいことが沢山あったのに。
それすらも叶えてくれない
私から沢山のものを奪っておいて、まだ奪うの?
これ以上なにもしないで
そっとしておいて。

私に・・触れないで。

・・ほら、ほらね


「・・やっぱり神様なんていないんだわ」


もうなにも望まないから
いままで通りでいいわ。
・・だから

彼に私の気持ちを伝えることを許してください。

他にはなにも望まないのだからそれくらいいいでしょう?


神様



「お嬢さん、いまなんと」

「・・一夜だけ、
私を夜空の空中飛行へ連れてってください」


怪盗さんは目を丸くさせていた。
そうだろう。
外へでたら危険だと言われてる人物からそんな言葉が洩れたのだから。


「なにを仰って
でたら身体に危険だと
そう仰ったのはお嬢さんですよ?」

「・・勝手なお願いだとは分かってます
でも私には時間がない
明日にはこの世界に存在していないかもしれない
だから、連れてってください」

「・・・」


彼女の真っ直ぐな瞳に、言葉に俺はなにも言えなかった。
自分のすべてを受け止め、それでも外へでたいと
外の世界を知りたいと言う彼女の願いを叶えてあげたかった。
身体に危険だと分かっていたのに。
考えれば子供でも分かることを高校生の俺が。
この時は必死だった。
彼女から溢れでる幸せ満開な笑顔があまりにも眩しくて綺麗だったから。

パジャマの上からカーディガンを羽織った彼女の腕が俺の首へと回され、横抱きしながらハンググライダーをはばたかせた。
エンジンつきではないからそう長くは飛んでいられない。
それでも今見る夜景はいつも見てるものなのに一段と輝いて見えた。


「わあっ・・!」


彼女は目をキラキラ輝かせて。


「どうですか」

「凄い!凄いわ!
怪盗さんはいつもこんな素敵な景色を見ているのね!?」

「喜んでいただけて嬉しいです」

俺の顔を見てそう言った彼女はまた景色の方へと視線をもどした。

「怪盗さんの表情もいつもより柔らかい
私はそっちの方が優しくて好きです」

「・・・ッ!?」


顔が真っ赤になるのが分かった。
彼女のストレートすぎる言葉は時に俺をおかしくさせる。
顔を隠したくても彼女を両手で支えてるため、できなかった。


「真っ赤にしてる怪盗さんも好き
ほんとは子供っぽいのに無理して大人びてる怪盗さんも、ポーカーフェイスをしていない怪盗さんが「ストップ!」」


「・・・?
怪盗さん?」


不思議そうに見つめてくる
まともに見えなくて、反らしたまま


「それ以上は・・」

「あら、本当のことなのに?」

くすくす笑う彼女。
そんなこと言われたのは初めてだ。
彼女といるとなんだか心地よい。
ずっとこんな日が続けばいいと思った。

でもそんなこと許してくれるはずがなかった。


「わたし・・、かい、と、うさんに・・いいたいことが、あるんです・・
いつ、かきいてくれますか・・?」

「喜んで」


途切れて話す彼女を不思議に思いながらも俺がそう言った瞬間
ずる・・、とさっきよりも重みがまし、彼女の重心がずれた気がした。


「お嬢さん・・?」


呼びかけても返事はない
心配になり、もう一度呼ぶがそれでも返事はない。
顔を青ざめ、すぐさま家へと引き返した。


ゆっくりベランダへ降り、窓をあける。
そこにはでかけるときにはいなかった彼女の母親の姿があった。


「・・舞さん・・」


ふらつきながら近寄ってくる。
俺はそっと彼女をベッドへ寝かせた。
その時見た彼女の顔は青白で血色が悪く、まるで人形のよう。
苦しそうに顔を歪ませてそれでも息をしていない。
そんな彼女を見て

・・・ぞっとした。

なんで

彼女はさっきまで俺の腕のなかで笑ってたんだ。
笑って喋ってた。

なのに なんで


「今朝、舞さんの様子がおかしかったから来てみれば・・
なんで舞さんを連れ出したのかしら?」

「・・お嬢さんが、今夜
一夜限りでいいからと」


「・・あなたがなぜ舞さんをご存知なのか、一緒にいるのか分からないけど舞さんの身体のことは?」

「・・存じております」

「そう」

「でも私は、」

「・・でてって頂戴
そしてここには二度とこないで」


その言葉に俺はなにも言えなかった。

真っ白になって このあとなにがあったか覚えがない
ただ 彼女が入院したのだと 分かったのは


部屋がからっぽだったからだ。
俺は自分のことを心底憎んだ。