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「舞さん
最近、夜中に話し声がするのだけど」「・・むぐ、っ」

内容が内容なだけにあまりに唐突すぎて、食べていたごはんを詰まらせてしまう

「まあ、大変っ
誰かお水をお持ちして」

「はいっ只今!」


メイドの一人がキッチンへと向かい、すぐにコップにはいったミネラルウォーターを舞に差し出す
それを受け取り、喉に流し込んだ。

それでもまだ喉の異物感はとれない。
柔らかめだったから助かったのだけれど。


「ごめんなさい、お母さま」

「・・それは先ほどの答えを、はい、ととっていいということなのかしら?」

「・・っ
まさか・・そのようなこと。」

「そうよね」


安心しきったお母さまの笑顔を見たら胸が痛くなった
お母さまに嘘をついたことはなくて、
これが初めての嘘。

お母さまごめんなさい
私は悪いこです。

でも怪盗さんとのことは二人だけの秘密だもの。





「では、いきます」


キッドを真剣な瞳で見つめる。
目の前で手をぷらぷら。
きゅっと軽く手を握り、


「種も仕掛けもありません
ワン・ツー・スリー!」


掛け声とともにぽんっと景気のいい音とがしてあらわれた一本の花。


「・・すごいわ
怪盗さんのマジックはやっぱり素敵・・!」

「お褒めいただき光栄です」

ぱちぱちと手を叩く彼女の前で手を胸のあたりにもっていき、軽く一礼した。


「私もやってみたい!」

「それでは一番簡単なものを」


出来た、と喜んでくれるたびに自分も嬉しくなる。
自分のマジックがまさかこんなところで役にたつだなんて思わなかった。


「・・違いますよ
ここは、」
「あ、そうなんだ」


不器用だけど。
またそこが面白い。


「お嬢さん」

「なーにー?」


彼女はマジックと格闘しながら返事をしてくれた。

「実はお願いがあるのですが」

「怪盗さんが?」

「はい」

「なんでも言って!
お母さまに言えばなんでも買ってくれるから・・」
「いいえ、物ではありません」

「??」

「あなたの歌が聞きたいです」

キッドの言葉に耳を疑った
目をぱちくりさせる。


「え・・?」

「いつも私が来る少し前に唄ってますよね?
ワルツみたいな曲を」


その言葉に顔全体が真っ赤に染まった。


「・・っ!
ま、まさ、か聞いてたんですか・・?」

「すみません
あまりにも綺麗な歌声だったので、つい、」

「つい、じゃないですよー!
やだやだっ恥ずかしいっ」

体を丸めながら布団を被って全身をくるむ。
キッドはそんな姿を見て笑った。


「お嬢さん」

めくって見てみれば涙目の彼女の顔が一番最初に視界にはいる。
むう、と頬をふくらませて拗ねてる姿に可愛い、と思ってしまった。


「怪盗さんっていじわるだったんですね」

「これは失礼しました
そんなつもりで言ったのではないのですが、」


それから暫くして彼女のソプラノ声が響いた。
心地よい彼女の声はまるで子守唄。
一瞬で夢の世界に連れていってくれたのだから。


「・・怪盗、さん?」

「・・すー・・っ」


そっと覗いてみれば瞼わ閉ざされて、静かな寝息をたてている。
ふさふさの長い睫毛。
男の人にしてみれば特徴的
寝顔までもにドキっとしてしまう。


「・・ふふ、今日は逆ですね」

話かけても返事はないことは分かってる。
シルクハット、モノクルをはずし、それを机へとおいた。
苦しいだろうとネクタイもはずしてやる。


「・・すきです
怪盗さん」


その言葉は届くことなく空気にのみこまれていった。