ルークが戻ってきた、とお父様がおっしゃった。
私はいてもたってもいられなくて、ファブレ邸へと走る。
一秒でも早くルークに会いたい!
その想いを胸に、走って、走って。
ドレスが邪魔で、何度も躓き転げそうになった。
それでも走ったというのに、この仕打ちはなんだろう。
「忘れた?」
聞き返した私の前には、申し訳なさそうな顔をしたガイと、その後ろに隠れるようにして立つルーク。
「はい。ルーク様は記憶をなくされたようなんです」
あんなに浮かれた気持ちから、地の果てまで突き落とされた気分になった。
「そんな……」
私はじっとルークを見つめた。
不安そうに私を見るルーク。
それは私の知っている彼とはまったく別人のように見えた。
「では、私のことも忘れたと申しますの?」
「う、うん……」
「私とあんなに一緒に遊んだことも?」
「うん……」
「私の好きな食べ物も?」
「うん……」
私がルークに詰め寄り何を問うても、彼はわからないの一点張り。
「ナタリア様……」
ガイが私の肩をおさえ、落ち着かせようとする。
それを振り払い眉根を寄せて、私は最後に一つだけ問う。
「では、あのプロポーズの言葉も忘れたの……?」
「……ぷろぽーず?」
その単語すらもわからない様子で、それは間違いなく忘れたということ。
目の奥が熱くなる。
私のことを知らないルーク。
その現実が嫌で、私はその場から逃げ出した。
わかっているの。
私なんかより、ルークの方がずっとずっと辛いということを。
だから泣いてはいけないの。
嫌でも受けとめなければならないの。
私はルークの婚約者なのだから。
「婚約者だから、ですか?」
追い掛けてきてくれたガイが少しムッとしたのがわかった。
だから私は笑って否定する。
「いいえ、ルークのことが好きだから、ね」
ガイも笑った。
そう、簡単なこと。
知らないなら教えればいい。
忘れたなら思い出すまで待てばいい。
頭を冷やすと、それはもう簡単なことだった。
「私、戻ります。ルークにいろいろ教えてあげてるのでしょう?手伝いますわ」
そう言うと、ガイは私の頭を撫でて、
「お願いします」
と微笑んだ。
―――――
簡単なことだけど、とても難しいこと。
2007/09/10