「いつでもお嫁にいってあげるからね☆ガイラルディア伯爵♪」
「遠慮しときます……」


ここでガイが断ってなかったら、アニスは本気でお嫁に行く気だったのかしら。
自分で考えたことにチクッと胸を痛めながらも、ティアは二人のやりとりを眺めていた。





タタル渓谷はルークとの旅が始まった場所。
思い出の場所でもあるし、セレニアの花で埋め尽くされている此処はティアのお気に入りでもあった。
まだ昼中なので花は咲いていないが、花畑を含め、そこからの景色はまさに絶景。

「お〜!やっぱりいい眺めだな、ここは」
「!ガイ……」

風に吹かれるままに髪をなびかせながら、ぼ〜っと何気なく景色を眺めていたティアは、後ろからかけられた声にびくりと肩を震わせた。
危うく膝に乗せていた物を落としそうになる。もちろん持ち前の反射神経で、それは回避したが。

「驚かせちまったかな。大丈夫かい?」
「え、えぇ。平気よ」
「それは?」

ガイはさっきティアが落としそうになった小さな箱を指差した。

「え、これ?これは、あの、何でもないのよ!」

明らかに挙動不振なティアに眉をひそめ、「ちょっと失礼」と言って、慌てて止める手をよけながら箱に手を伸ばした。

「……ケーキ?」

中を開けてみると、普段みんなで食べるときのよりも小さめの、二人か三人で食べるほどの大きさのケーキが一つ入っていた。少し崩れているのは、先程落としそうになったからだろう。

「どうしたんだい、これ。ティアが作ったのか?」
「え、えぇ」

慌ただしさはなくなったものの、今度は緊張した面持ちのティアを気にしつつ、ガイは話を続ける。

「へぇ、美味そうじゃないか!でもみんなで食べるには小さすぎないか?」

その言葉を聞いて、ティアは両手を胸の前でしっかり組み、頬を染めながら口を開いた。

「あ、あのね?それは、その……ガイに食べてもらいたくて……」

最後の方はごにょごにょして聞き取りにくかったが、確かにガイの耳には届いた。

これはガイのために作ったのだと。


―どうしよう、かなり嬉しい……

ガイは顔の下半分を手で覆い、にやける口元を隠した。

「……じゃあ、今から一緒に食べようか」
「えっ!?」
「一人じゃ食い切れないからな」

驚きと照れで赤くなったティアに、ガイは笑って言った。
ケーキを一つ取ってティアに渡す。自分も一つ取り「いただきます」と言って頬張った。
ティアは緊張で体を固めたままその様子を見ている。

「すごく美味しいよ!」

ガイはくらくらしそうなほど輝くような満面の笑みをティアに向けた。
それを見たティアは笑顔に酔いしれながらも、良かったと安堵の息をもらした。

「ティアは料理が上手だな」
「そんなことないわ。アニスとは比べものにならないもの」
「比べる必要なんてないさ。本当に美味いと思うよ。お嫁に来て欲しいくらいさ」

ドキンと心臓が高鳴った。
思わずケーキを落としそうになるが、なんとか持ちこたえる。

「な、何を言ってるの!」
「ははっ、驚いたかい?」
「あ……そうよね、冗談……よね」

恥ずかしい、と思った。
彼はほんの冗談のつもりだったろうに、本気で焦ってしまった。
穴があったら入りたい。
それくらい恥ずかしがっているティアをよそに、ガイはさらっと一言。


「冗談なんかじゃないんだけどね」


一瞬、何を言われたかわからなかった。

「ガ、ガイ!?」
「俺は、君ならいつだって大歓迎さ」
「―――!?」

本当に、本当に愛しそうな目で見つめるガイ。
恥ずかしくてティアは目を逸らしてしまう。

「で、でも、あなたの女性恐怖症が治らないと、行くに行けないわ」
「う……、そこを突かれると痛いなぁ」

ティアの懸命な照れ隠しに苦笑いで応対する。
事実だから否定はできないな、と。

「……そうだな。じゃあ、俺の女性恐怖症が治ったら、改めてプロポーズするよ」
「………えぇ、楽しみにしてるわね」



私も貴方のところへなら、いつでも喜んでお嫁に行くわ。


二人は微笑みあい、ケーキを食べた。







2006/10/15
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