“ジャック・ラッセル様
本日花火大会が行われます。
よろしければ一緒に見に行きませんか?”
花火大会まであと数分
「ジャック、何か良い事でもあったのか?」
テアトル・ヴァンクールの受付。
そこで依頼の確認をしていたジャックは、タナトスに声をかけられた。
内心ぎくりとしたジャックだったが、なんとか平常心を保って「え、何で?」と尋ね返す。
「顔の筋肉、かなり緩んでるぞ」
タナトスはにやにやとジャックを見て、「さ、何があったのか言ってみろ」と野次馬根性丸出しで言った。
彼を敵に回すと恐ろしいことになるのはジャックにも容易に想像できたので、正直に話すことにした。
というより、単に誰かに自慢(惚気とも言う)したかっただけかもしれないが。
「……花火大会に誘われたんだ」
「ほう、誰に?」
「……ミランダ」
そう答えたジャックの表情はゆるゆるでしまりがなく、戦士ギルドの隊長職だとは思えないほど。
その顔にむかつきながらも「そうかそうか、良かったなぁ」などと心にも思ってないことを言う辺り、自分も丸くなったもんだとタナトスは思う。
だが、ジャックがこんなに幸せそうなのは何となく癪に障る。
「てことで今日“アハト”は休みってことで!」
確かに今日はたいした依頼は入っていない。入ってはいないが。
「そういうわけにはいかないんだよ、ジャック」
「へ?」
「依頼だ。お前宛に。今日中に」
誰にも誘われなかったからといって僻んでなんかいない。決して。
*
(……ジャックさん、遅いなぁ)
いつまでたっても待ち合わせ場所に来ないので、ミランダはジャックの家まで行ってみたが、電気がついていない。
(依頼が入っていたのかしら?なら、私も誘ってくださればいいのに……)
それともジャックにとって、自分と花火大会に行くことなんてどうでもいいことなのだろうか?
そうだとしたら自分ひとり浮かれていて馬鹿みたい。
(……帰ろうかな)
きっと家にはまだビシャスがいる。彼女を誘ってしまおうか。
そう考えて、でもまだ動けない。
自分はこんなにも彼と一緒に行きたがっている。
こんなにも彼の存在が自分の中で大きくなっていたことに、ミランダは驚き、素直にその想いを受け入れた。
(私はこんなにもジャックさんのことが好きなのね)
いつもゴドウィンのことばかり気にしていたミランダは、周りの彼女に対する視線などいっさい気づかない。
色恋沙汰にはとことん鈍く、もしかしたらジャックへのこの想いは初めてのものかもしれない。
「ミランダ!」
思考の渦に入っていたミランダは、そこでようやくジャックが来たことに気づいた。
「あ……」
いつもの彼。いつもの自分。
なのにいつもよりドキドキする。
これが“好き”ってこと。
「ごめん、ミランダ。タナトスのやつがいきなり依頼いれやがってさ。遅れちゃった……」
すまなそうに言う彼を愛しいと感じる。
わざと遅れたわけじゃない。
その事実が嬉しい。
「なら、仕方がないですね。じゃあ行きましょう?始まっちゃいます」
そう笑顔で言って、ミランダはジャックの手を引いた。
2005/10/23
2008/03/01 加筆修正