「さぁ月へ参りましょうか、姫……」





月の満ちた夜に





真夜中の突然の訪問者。
挨拶もなしにいきなり何を言い出すのか。
哀は目の前の白い怪盗を、探るような目で見やった。

「生憎だけど、私はかぐや姫ではないわ」

ただ微笑むだけで真意を探れない彼の瞳に諦めたのか、呆れた風に答えた。

「その素質は十分にあると思いますが」

微笑を絶やさず、むしろ深めて怪盗は続ける。

「何人もの男が貴女に夢中になっている。東西英国の名探偵、それにこの私めも……」

怪盗は哀の前に跪き、彼女の手を取り、甲に唇を寄せた。

「でも貴女は誰の手も取ろうとはしない。まさしく現代のかぐや姫……」
「私は犯罪者よ。彼女のように光り輝くことは出来ない」

そんな私に群がるなんて、貴方たちもそうとうなバカね。
そう自嘲気味に笑う彼女は痛々しい。

「……かぐや姫も犯罪者ですよ」

なおも優しく微笑んで言う怪盗に、哀はわからないという風に小首を傾げた。

「何人もの男たちの心を奪ったのですから」
「………気障ね」
「お嫌いですか?」

好きではない。
ただ目の前の彼や、無意識に気障な台詞を言う隣人のおかげで慣れてしまったので嫌いでもない。


「仮に私がかぐや姫だとして。私を迎えに来るのはやはり“彼ら”かしら?」

哀は意味ありげに笑って怪盗から目をそらし、その視線をまるまると満ちた月へと向ける。

「いいえ。私が迎えにきたのですよ」
「貴方は皇子たちの中のひとりではなかったの?」

視線を怪盗に戻し、哀はくすりと笑う。

「私は怪盗ですから」

にっこりと自信満々というような表情をした彼は、

「他の誰かの手を取られるくらいなら、貴女をさらって月まで共に行きましょう」

そう言って哀を抱きかかえた。

「あら、私は最初から貴方以外の手を取ることはないと思っていたのだけれど?」
「え?」
「だって、貴方だったらどんなに無茶な要求をしても必ず取ってきてくれるんでしょう、怪盗KIDさん?」

哀の意地悪な、だが確信めいた瞳を見た怪盗は、今日一番の笑みを彼女に捧げた。

「もちろんです、姫」

怪盗は白い翼を広げる。
哀は変わらず彼の腕の中。


「さぁ月へ参りましょうか、姫……」


最初と全く同じ台詞。
しかし少女は拒まない。



そして二人は飛び立った。






2005/08/28
2008/03/01 加筆修正

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