街中をせかせかと歩くあの姿は、間違いなく自分の師で。
苦笑しつつも彼に近づいた。





春の訪れ





「絳攸様!」

秀麗の声に気づいた絳攸は忙しなく動いていた足を止めた。
そして彼女の顔を見て明らかにホッとした顔を見せ、しかしすぐに引き締める。

「ああ、秀麗か」
「珍しいですね、絳攸様がここらを歩いてらっしゃるなんて」
「あ、あぁ。少しばかり散歩しながらお前の家に行くつもりだったんだ」

散歩にしては焦った様子だったのに気づいていたことを秀麗は言わない。
彼の自尊心に傷をつけるわけにはいかない。
たとえ『迷子になった』というのが事実であろうとも。

「では私もご一緒していいですか?」

このまま絳攸を放っておくと幾刻も彷徨い続けるのは必至だ。
もちろんそうさせるわけにはいかない。
しかしそれ以上に秀麗自身が絳攸と共にいたいという気持ちが強かったのだ。

「もちろん構わない」

むしろお願いしますといった感じで絳攸は快諾した。




どうせなら本当に散歩して帰ろうと思った秀麗は、河原の方へ足を向けた。
絳攸は早からず遅からずの速度でついてくる。
その様子がなんだか可愛くて、秀麗はクスリと笑った。

うららかな陽気と隣を歩く可愛らしい彼、そして穏やかな風に背を押され、秀麗は絳攸の手に自分のそれをそっと添えた。

「しゅ、秀麗!?」

僅かに上ずった絳攸の声に緊張していた秀麗の心がほぐれた。

「手、繋いで歩きたいんですが……迷惑ですか?」
「い、いや。そんなことはないぞ、全然」

絳攸は真っ赤になりながらも秀麗の手をぎゅっと握る。
多少力が強くて秀麗は顔をしかめたが、こういったことに不器用な絳攸らしいと思う。
むしろその力強さや掌の大きさから、彼の“男性”の部分を直に感じて顔を赤らめた。

お互いに赤い顔で見つめあい、二人は笑って歩きだす。
その姿はとても自然で。
ずっとこのままでいれたらいいと秀麗は願ったが、そういうわけにもいかない。
そもそも秀麗は夕飯の買い出しのために街を歩いていたのだ。
このまま街を歩いていたら噂になって絳攸に迷惑をかけてしまう。
だが買い物をしなければ食材が足りない。

「あ……」

ぐるぐると考えている秀麗をよそに、絳攸は小さく声をあげた。

「見ろ秀麗。土筆(つくし)だ」
「あら、本当」

絳攸の指した場所には春の訪れを告げる土筆が群生していた。

「もう春なんだな」
「ええ、そうですね」

これといって特別なことではないのだけれど、ついつい顔が綻んでいく。

「そうだ。絳攸様、あの土筆摘んでいきませんか?おひたしにしましょう」

買い物もせずにすみ、美味しいものが食べれる。
一石二鳥だと秀麗はほくそ笑んだ。

「そうだな。……だが入れ物がないぞ?」
「ふっふっふっ。こういうこともあろうかと、ちゃんと袋を用意しています!」
「……いつも持っているのか?」
「はい、もちろんです」

さすが秀麗、とよくわからない感心をしている絳攸の手を引き、秀麗は嬉々として土筆のところへ走った。



「あらあら。季節もあの二人も、もう春なのねぇ」

通りすがりの女性はそう微笑んだという。







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2008フリリクで燎様に捧げます。

2008/03/07
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