「暑ぃ……」
ある夏の晩。
疲れた体を休めるべく早めに布団に潜り込んだ新八だったが、その暑苦しさに耐えかねて起き上がった。
「眠れねぇ……」
とにかく熱くこもった空気を入れ替えようと思い、なるべく音を立てないように襖を開けた。
開けて一番に目に入るのは月の光に照らされた庭の木々たち。
昼間とは違って少し幻想的な様子に新八はしばらく見とれていた。
(俺にもまだ“趣を解する心”ってのが残ってたんだな……)
今まで斬ってきた人間なんて数知れず。
斬る時など何の感傷にも浸らない。
無慈悲な鬼。
それが新撰組弐番隊隊長・永倉新八。
今更この風景を美しいと感じるなんて。
自然と口の端がわずかに上がる。
彼独特の笑い方。
しかしいつもより自嘲めいていて。
鬼にそんな感情はいらない。
鬼に趣の有無などわからない。
自分は鬼として生きると決めた。
ならば今この風景に見とれている自分は何者なのだろう。
“鬼”は永倉新八の代名詞。
けれどまだ完全な鬼にはなりきれていない。
そんな自分がどこか滑稽に思えて、それでもまだ人間であることに嬉しさを覚える。
(人間でありたい……)
心が叫ぶ。
だが今更人を斬るのを止められるわけがない。
彼らを、誠を裏切ることなんてできない。
(鬼になりたい……)
そう思ったことも無いとは言えない。
(アイツらも思ったことはあるんだろうか)
“神”と称される天才と、無口な“死神”。
(それとも人間であり続けることを願うんだろうか……)
たとえ彼らがどう答えようと、正直どうでもいい。
自分はどう思うのか、それが大事なのだ。
(俺は……)
完全な“鬼”になるということは、この風景を美しいと感じないということ。
それは、何だかもったいない気がする。
完全な鬼でもない。
完全な人間でもない。
そんな微妙な存在。
(きっと、それが一番丁度良い)
2005/07/21
2008/03/02 加筆修正