台所の前を通り過ぎようとして、あれっとルウは立ち止まった。
わずかに開いた扉を覗くと、色素の薄いサラサラな髪を持つ彼―イオスがいた。
こねこ
「珍しいわね、キミがここにいるなんて」
台所に立つのは専らアメルを中心とする女性陣で、たまにギブソンが甘いものを求めて来る程度。
少なくとも今までイオスが台所にいるところを、ルウは見たことがなかった。
何してるの?と聞こうと思ったら、何やら彼のほうから可愛らしい鳴き声が。
にゃ〜
「………猫?」
イオスの腕の中には小さな小さな子ども猫。
ふわふわの毛に、くるくると大きな瞳。柔らかいラインの愛らしい顔立ち。
「猫いたんだ。ルウ知らなかったな」
「ああ。僕もさっき知ったんだ。マグナはチビ助と呼んでいるようだが。野良かな」
そう言ってイオスは優しく子猫を撫でる。子猫は気持ち良さそうに目を細めた。
「かわいいね」
「ああ」
槍を自由自在に操って戦場を駆けるイオスと、厳しい世間で野良として生き抜く子猫。
そんな組み合わせがなんだかおかしくて、微笑ましくて。
ルウはフワリと笑った。
*
最初は微笑ましいと思って見ていたが、さすがにルウは退屈してきた。
(つまんないな……イオス、子猫にかまってばっかだし)
ルウにもかまってほしい、という欲が膨らんでいく。
イオスに甘える子猫を見てムッとした。
(くやしい……)
そう思うのと、行動に出るのとはほぼ同時だった。
ルウは「えいっ」とイオスに抱きつく。
「………!」
後ろからの急な重みと温かさにイオスは驚いた。
動悸が激しくなって、思わず自分の心臓に手をあてる。
イオスの動揺が伝わったのか、子猫は腕から逃れ、真ん丸な目で二人を見ていた。
「どうした?ルウ」
「……別に何でもないわ。ただ……」
「ただ?」
「……ルウもかまってほしかっただけよ」
イオスの心臓がキュウッと縮まる。
まさかこんな可愛いことを言ってくれるなんて。
おそらく真っ赤であろうルウの顔が見えないのは残念だが、こちらも負けず劣らずな顔をしているだろうからよかった、とイオスは思った。
少し落ち着いたところで、イオスはルウを振り返り「おいで」と腕を広げる。
ルウは迷わず、嬉しそうに飛び込んだ。
ギュッと抱き締め、互いのぬくもりを感じあう。
いつのまに来たのか、子猫はイオスの肩にのぼっていた。そして頬をペロペロと舐める。
まるでルウに嫉妬しているかのようだ。
「わっ」
「あ!」
イオスは驚き、ルウは声をあげた。
「ずるいっ!」
何が、と問おうと思ったら、不意に舐められていない方の頬に、温かく柔かい感触が。
それはルウの唇の。
ドキドキが止まらない。
ただ、子猫に嫉妬して拗ねるルウが無性に可愛くて、嬉しくて。
イオスにしては珍しく、声をあげて笑った。
「君たちはよく似てるな」
イオスがそう言うとルウは多少不服そうだったが、すぐに照れ笑った。
―――――
イオルウのルウは甘えんぼ。
2007/05/17
2010/09/26 加筆修正