白いキャンパスに白の絵の具をひろげた
これは雪だよ
違うよ雪はこんなに真っ白じゃない
いろ色ユキ
一年中雪が降り積もる街、ナルシェ。
一行が訪れているこの日も例外でなく、冷たい風が体力を遠慮なく奪っていく。
「寒い寒い寒いー!」
街に着き、早々に叫んだのはリルムだった。
「うるせぇな。子供は風の子って言うだろ!少しは我慢しろ!」
「まぁまぁ。リルムは初めてここに来たんだから、仕方ないわよ」
それより早くジュンの家に行こう、という提案を受け、とりあえず冷えきった体を温めるべく建物の中に入った。
一日中曇天なせいか、昼でもあたりは薄暗い。
この暗さに寒さが手伝って、とてもじゃないが外で遊ぶ気にはなれない。
そう思いながらリルムは窓から外を見やった。
(………………やっぱり)
まさかとは思ったが、さすが野性児。この雪の中、元気に駆け回っている。
さすがに寒さは感じているのか、それともマッシュあたりに無理矢理着せられたのか、防寒服は着用していた。
「ガ〜ウちゃんっ」
「ガウ?」
リルムは防寒を完璧にしてから外に出、ガウのもとに行った。
ガウの体は雪まみれで、服はもうすでにびしょ濡れだ。
「あ〜あ、びしょびしょじゃん。風邪ひいちゃうよ」
「ガウ、平気!元気!」
「とりあえず拭こう?」
そう言ってリルムは、持ってきたタオルでガウの頭や服などを拭く。
「リルムも遊ぶか?楽しいぞ!」
ガウは満面の笑みを浮かべてリルムを誘う。
そんなガウの無邪気さに微笑みながら、私はいいよ、と答えた。
「私は絵を描こうと思っただけだから」
ガウを拭き終えると、リルムはスケッチブックが濡れないように屋根の下に行き、腰を下ろした。ガウもそれに続く。
普段とは違う真剣な目で対象を眺め、なめらかな手つきで筆を滑らす。
真っ白だった紙のうえに色付いた世界が新たに生まれる。
しばらくして目の前の世界とスケッチとがほぼ同じになった頃、リルムは何を思ったかガウをちらりと見、次のページをめくった。
パレットに白い絵の具をたくさん出し、水で薄め、真っ白な紙に塗っていく。
ガウはそれを不思議そうに見ていた。
「ユキ!」
リルムが筆を置いたと同時にガウは声を出した。
自信満々といった顔をしている。
そんなガウを見てリルムはくすりと笑い、首を横に振った。
「違う、雪じゃないよ。雪はこんなに真っ白じゃないもん」
「ユキ、白いぞ」
「うん、でもほら。少し青く見えたり、汚れて灰色になっちゃったのとか」
リルムが指差して示す雪を見てガウは目を輝かせた。
「ガウ知らなかった!ユキ、色いっぱい!」
そしてガウは再びはしゃいで雪遊びに興じる。
しかし、ふとリルムのもとに戻り首を傾げた。
「じゃあ、リルム描いたの何だ?」
もっともな疑問だ。
リルムは結局白い絵の具を塗っていただけなのだから。
リルムは少し笑って。
「これはガウちゃんの心だよ」
「ガウ……ココロ?」
「うん。ガウちゃんの純粋な心。ガウちゃんいい子だから、きっと心の色は真っ白だよ」
純粋な色である白。
だからこそ他の色に染められる可能性は高いけど。
きっと彼は何色にも染まらない。
真っ白。真っ白なココロ。
「リルムもいい子!」
ガウは笑顔で言った。
しかしリルムは苦笑する。
「私はいい子じゃないよ。だから心も真っ白じゃない」
「そんなことないぞ!」
やけに自信満々に言い切るガウをリルムは怪訝そうに見やる。
ガウは笑顔で街の方を指差す。
「………?」
「リルム、この眺め、どう思う?」
「どうって……綺麗だと思うけど……」
不規則に並ぶ家々に、それを飾る様々な色の雪。
ぽつぽつと存在を主張する人のシルエット。
それは生活感を感じさせ、本当に綺麗で、心に安心感をもたらす。
きっとこの景色は、人間の汚い部分も受け入れて、むしろそれすらも美しさの足しにしているのかもしれない。
なら私の醜い部分も、こんなに綺麗な景色の一部になってるのかな?
「ござる、言ってた。こういうの見て『キレイ』感じる、じゅんすいなショーコ!」
ござる?
あぁ、筋肉ダルマのことね。
慣れない言葉を必死に紡いでリルムに伝えようとするガウを見て、天使みたいだ、と思う。
本当に純粋で、真っ白な男の子。
自分に安らぎと楽しさを教えてくれる男の子。
「そっか……純粋、か……」
きっとガウちゃんまでとはいかなくても。
私もまだ白い部分が残っているのかもしれない。
「あいつら、元気だなー。まったく、寒い寒い言ってたのはどこのどいつだっての」
「子供は風の子、なんでしょ?」
「まぁな。ガキは外で遊ぶのが一番だって」
二人が見やる窓の外。
雪を投げあう子供たちがいた。
―――――
何故か卑屈なリルム
2006/07/27
2010/09/26 加筆修正