浮遊する

如月…


誰かに呼ばれる。ここはどこだろう。
ふわふわと私は浮遊している。


如月…!!


まただ…。さっきから何度も誰かが私の名前を呼ぶ。誰?
呼ばれるたびにクリアになっていく声。


如月…!!!


何回目かの声で私は目を覚ました。夢を見ていたようだ。
瞼は重く、もう一度眠ってしまおうと閉じかけた。


「如月!!やっと目覚ましやがった。」

『ひ、よし…?』

「あぁ。大丈夫か?何でこんなとこで寝てんだよアホ。とうとう頭おかしくなったか?」

「そんな馬鹿事言ってる場合じゃないだろ日吉!!」

『ちょ、た…かばじ…』


目を覚まして最初に見たのは日吉の顔。


夢だったらしい。
中谷先輩に言われた事も、先輩達にされた事も。全部全部夢だったらしい。
良かった、なんて嫌な夢を見たのだろう私は。

そう思って体を起こそうとすると、体中に駆け抜けて行く痛み。
瞬時に体を折り曲げた。


「志帆ちゃん!!」


チョタの心配そうな声が聞こえる。
夢だったんだよね。さっきのは全部夢だったんだよね。
だったらこの体の痛みは何?


『何、コレ…』


痛みが引いてきたのか、それとも痛みに慣れてしまったのか。
私は自分の体が包帯や湿布だらけな事に気付き、誰ともなしに問いかける。


「…俺達がやった。初心者なんで大分ガタガタだが、やんないよりマシだろ。
それより何があったんだ。」


誰にやられた?とは聞かないあたり、きっと先輩達だろうと気付いているのだろう。
日吉はいつになく真剣な顔をしていて、チョタは泣きそう。


『ごめんね。何でもないから。私にもう構わないでいいから。』


跡部先輩に言われた通りだ。私は何て最低な人間だろう。
こんな言い方でしか日吉達から離れる事が出来ない。

私の言葉に絶句している三人を尻目に、私は休憩の準備をしようと立ち上がる。
痛みでまたしゃがみそうになるのを堪え歩く。


「如月…」

『練習行きなよ』

「…何で本当の事言わないんだ」

『日吉達には関係ない。』

「関係大有りだ!!隠し通せると思ってんのか!?どんだけお前と一緒にいると思ってんだ!!キツそうに体引きずって歩いてんのなんかバレバレなんだよ!!
何言われても俺達はお前を信じる。お前の味方だ。」


怒鳴りつける日吉。だけどその言葉一つ一つが心に突き刺さっていって、隠せば隠すほど日吉達を心配させてしまう事に気付いてもうどうしようもなくなってしまった。
何も出来ない自分が悔しい。心配されないように怪我を隠す事も、根拠のある反論も、何も出来ない。

ストッパーは脆かった。

次々溢れ出てくる涙。力が抜けて地べたに座り込んでしまった体。
日吉が急に泣き出した私を見てオロオロしているのが気配で分かる。

しばらくして頭を乱暴に撫でられる。
きっと日吉の精一杯の慰め方だったに違いない。


今私が出来る笑顔で日吉にありがとうを言うと、日吉はブサイクだな、と言いながらジャージの袖で私の目元を乱暴に拭った。


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