もはや、戻れぬ。(グレマダ)



・グレマダ企画提出用
・ジャック編突入前後

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ワインはキリストの血であった、とは聖なるものの例えにしては随分と背徳的ね。神に背くずっと前からこの価値観というのは理解出来ずに居たけれど今となってはどうだって良い。一つだけ言うとするならば幾らキリストの血でもここまで甘美な味はしないだろう。

「帰るわよ、グレル。」

今まで誰に向ければ良いか解らなかった憎悪やそれらを初めて向けた時、全てが衝動であった。私は気付けばナイフを握っていて、刃に共に嫉妬や憎悪に塗れた自分でも良く解らない、けれど良く知った感情を目の前の娼婦に向けたらしかった。幸せね貴女、子宮も幸せも全て余らせて要らないと言えるだなんて。そんな事を思いながら泣くだけの人生にはそこで終止符を打つ事になり、それに依存する様にもなった。

「またつまらない事でも考えてるデショ。」

「何で、解るのよ。それも死神の力?」

「女の勘って言って頂戴ヨ。」

「イヤね、女ってのは何でも鋭いから。アンタが男ならこういう時、上手く誤魔化す方法なら幾らでもあるのに。」


生温い夜風が頬を過る度に彼の深紅の髪はゆらゆらと揺れていた。鼻腔に抜ける血液の臭いがこびり付いて離れない代わりに彼の肩に鼻を埋めると仄かな薔薇の匂いがした、気がした。けれど死の神である執事に抱えられ、空中にふわり、と浮いたその足下に覗くイーストエンドのゴミ溜まりの様な景色にそれは気のせいだと目を伏せた。

「ンフ、薔薇はアンタに良く似てるワ。花なんて乳臭いシュミ無いけど薔薇だけは好きヨ、ねぇ、マダム。」

「薔薇なんてやめてよ、高嶺の娼婦気取りしてる訳じゃないんだから」

「馬鹿ネェ。今のアンタは棘を自ら作って娼婦共に刺して刺して、その返り血で染まった真っ赤な赤薔薇の様ヨ。哀れで、哀れで、」

黄緑色の瞳をすぅ、と細めながら口元に緩やかな弧を描く彼に吸い込まれそうになる。それに抗う様に指先に微かに力を込めると首筋にチクリ、と針で刺す様な刺激が走った。痛みに眉を寄せていると漆黒の手袋を嵌めた手袋に握られたのは一輪の真紅の薔薇だった。それと同時に首筋から薔薇と酷似した液体が垂れ、純白のブラウスにじわりじわり、と滲んでいった。

「何よこれ、ちょっと……もう、血出てるじゃない!棘…?」

「ご挨拶ヨォ。ホラ、アタシからのプレゼント。」

「薔薇、なんてキザねぇ……」

「ハイハイ。どうせそんな一輪だけの薔薇、すぐに枯れるわ。それまでの間大事に、大事にして頂戴ヨ。」

その赤薔薇を手に受け取り乍らも愉悦の混じる笑みを零す死神を横目にゆっくりと目を閉じた。そうでもしないと泣き出してしまいそうで深く息を吸い込んだ。静寂に包み込まれたウエストエンドまではあと少しだろうか。それまで眠りに身を任せていれば、涙なんて零す事はない。


「あたしの一番のお気に入りの花瓶に生けておいてあげるわ、グレル。」


もはや、戻れぬ。


(枯れた花の接吻。)






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