唇の端にキス(臨沙)
  

・正沙前提。どちらかと言えば臨+沙
・三巻後捏造


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お帰り。

臨也さんは私を此処に迎え入れる時決まって言う。別に私は臨也さんの恋人でも家族でも無いけれど、その言葉の中の安心感を感じるとより一層彼に依存した。

「お帰り、沙樹」


マンションの扉を開きながら彼はまた変わらぬ言葉と変わらぬ笑顔で私を迎え入れる。顔には無数の傷が付いていたが、原因は大体予想が着く。それを理解した所でじわりじわりと、心の端に罪悪感が小さな染みを作り始めた。


「此処に来るのも久しぶりだねぇ、」


すると臨也さんは静かに部屋へと平然とした足取りで進み始めていた。その彼の後ろ姿を追うように足を踏入れると、突如掛けられたその言葉に反射的に息を呑む。嗚呼そうか。彼の柔らかに揺れる漆黒の髪を見つめながらぼんやりとした意識で只小さく口を開いた。

「何でだろう、そんな気があまりしない、」


臨也さんは只微笑を浮かべるだけで応えなかったけれど解った。多分、私の時間はあの時から止まっていたらしい。だから時が動き始めたあの夜から立ち止まる訳にはいかなかった。勿論逃げる事も幼い私達には未だ出来ない。だから。


「臨也さん、申し訳ございませんでした」


静かに私がその場に跪くと足音が突如途絶え沈黙が暫く空間を支配する。まるで世の中に音が存在しないのでは、と思う程に。私は頭を下げたまま只ひたすらこの意志は曲げまいと続く言葉にしがみついた。

「臨也さんなら知ってると思うけど、露西亜寿司には私が電話を入れました。理不尽な様だけれど臨也さんが今も大好きです。でも私は、正臣が、」

「愛しくて仕方がない、…かな?」

言葉を遮る様に臨也さんが口を開くと私は顔を上げる。するといつの間にか同じ目線に臨也さんの顔が在った。そこに在る変わらぬ微笑に私は只目を奪われた様に、真っ直ぐに臨也さんを見る。

「はい。」

「ねぇ、沙樹。君は本当に面白いね。愛で此処まで変われるのは本当に稀なんだよ。だから、俺はこんな傷よりも大きな物を得た。人間が変わる瞬間を。」


赤みの帯びた双眼を揺らしながら只彼は話続けた。愉悦の混じるその瞳は私が今までに見たどんな臨也さんよりも人間らしく揺らぐ。
それを見ながら正臣と出会わせてくれたのはやはりこの人なのだと。その抗えない事実が有る限りこの人は私の神に匹敵する人なのかもしれない、とぼんやりと思案しながら未だ癒えていない彼の口端の擦り傷に指を這わすと、君も一発殴って行く?と茶化されたから少しだけ微笑を溢しながら唇の端に軽くキスをした。そこに熱度や余計な感情は無く、只それは純粋に謝罪の印であった。

「もう殴ったみたいなものだから、良いですよ。」
「そう。」

彼がほんの僅に目を見開いたのを私は見逃さなかった。まるで誤魔化す様に頭を撫でられると、少しだけ可笑しく思える。家族愛を知らない私はこの人に抱く感情を何なのか知る術を持たない。けれどこの感情が温かなものだと言う事だけは知っている。

(唇の端にキス、)



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kiss様への企画提出作品。素晴らしい企画にお邪魔致しました…!><







2011/06/28 19:18

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