溶けた瞬間に。(正沙)
  

・正沙
・シリアス?
・9巻ネタバレ有

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微笑、微笑、微笑。
いつ見ても変わらないそれは、沙樹があの男に求めた安心感を与えると同時に抉られる様な鈍痛。

だかといってもう過去からは逃げない。罪悪感と安心感、全て包み込んでしまえば良い事を知ったから。俺はどうしようも無く沙樹に触れたくなって、抱き締めた。


「大丈夫だよ、正臣。」

腕の中から不意に上がる声にハッとするとまたあの微笑。しかしそれは彼女の穏やかな声色に混ざり暖かで重く、愛しいものへと変化を遂げる。


「沙樹。」

抱き締めた力を緩めると途端、俺が右手で掴んでいた黄色いスカーフを沙樹は“貸して”と一言、手の内からするりと抜き取った。

「着けてあげる。後向いて?」

「ん。サンキュ。」

斯くして沙樹に背を向けると首に回るあの感覚が懐かしくて、擽ったくて、又痛くて。既に首に巻き終えた黄色を握りしめると、背後から包む様に胴回りに沙樹が腕を回したらしい。

「お帰りなさい、将軍。」

「…将軍なんて器じゃねぇのによ、あいつら。」

「慕われてるんだよ。」

背後から可笑しげに笑みを溢す声が鼓膜を擽ると背中を押す様に手を宛てられ、思わず一歩前進した。

「正臣なら、臨也さんの力が無くても大丈夫。私と臨也さんでいっぱい傷付けてしまったから、正臣は強くなっちゃったんだよ?もし駄目そうなら私が舐めてあげるから、頑張って。」

「…本当に沙樹は、わっかんねー奴っ。」

「正臣には負けるよ。」

「…なぁ、沙樹。俺はあの男と沙樹に傷付けられたんじゃない。俺は多分傷付けられに行ったんだ。」

「うん。」

「俺は逃げるだけ逃げて、沙樹一人に全部背負わしちまったからよ、…帝人シメたら直ぐ戻る。沙樹には全部、話しておきたい。」

「正臣は、馬鹿だね。私は待ってるから、友達を助けてあげて。」


例えこの先黒い汚水が俺を侵食しても、再び青に取り付かれ、動けなくなったとしても俺はもう立ち止まる事は無い。

この罪悪感を愛しさに変えてまた、傷を深く刻もうともアイツが溺れてしまう前に手をさしのべられたら。

それはかつて沙樹に出来なかった事。俺が沙樹の闇に一ミリも触れずにいた間あの男はそれをどんどん侵食させ、対には身を投じさせた。みるみる内に穢された、脳内を、身体を、呼吸を、脚を。けれど沙樹は綺麗なままで居て、只、俺の前に居る。傷だらけで、あの微笑を携えながら。

「行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」


(さようなら、平穏。)




2011/06/08 16:29

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