夏の薫りと雨上がり。(悠高)
  

・Twitterネタより
・付き合ってません。
・りんとなから一年後位の夏祭り。


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ほんの少し雨の香りが残り、じっとりと張り付く様な空気が鬱陶しくも雨上がりのこの感じは嫌いのだけれど、酷く不便だ。冷たく濡れたコンクリートを履き慣らしたサンダルで踏みしめると水滴が飛び散るのだ。道路沿いにずらりと並ぶ屋台の灯りが丁度暗くなってきたこの時間帯にとても映え、浴衣姿の女の人を照らしていた。…いや、別に女の人だけでは無いのですが。

「いや〜もう浴衣最高!日本女性たるもの和服に限るね。ねぇ、春ちゃん!」

「え!?いや、綺麗、ですよね。…凄く。」

高校最後の夏休みだと言うのに男四人で夏祭りとは、だなんて今更過ぎて愚問にも程がある。幼い頃からいつもこうだ。女っ気なんて誰一人無い。いや、無いみたいなフリをしている。春のほんのりと赤く染まった横顔を横目に見ながらも、核心には触れ様とは思いもしなかった。多分春は、その記憶を大事に大事に取ってあるのだから踏みにじる必要なんて何処にもない。

「ご、ごめんなさ……っ」

その声にふわりと柔らかな香りが鼻腔を擽ると共に肩の辺りに衝撃が走った。黒髪で浴衣を着た女の人が深々と頭を下げているのだけれど今時なんて律儀な人なんだろう。オレの身近にもそういえばこんな人が一人だけ居たけれど。

「あの…大丈夫、で……あ、れ。」


「…え、あ、ゆ、悠太くん…っ!」


居たけれど、まさか張本人だなんて予想は誰がしていただろうか。漆黒の髪が揺れる度に程よく甘い香りがふわふわと漂って、腹の底を擽る様なそんな心地よい錯覚を起こす。淡い紫色に華奢な花があしらわれた実に彼女らしい浴衣を身に纏い乍ら、僅かに赤らんだ頬を隠すみたいに俯きがちに微笑った。

「あ、あれ?春くん達も……皆で来てたの…?」

「あー…うん。あの…高橋さん、は?誰と?」

「え、えっと、順ちゃん達と来たんですけど……はぐれちゃって…ご、ごめんなさい、子供みたいだよね……」

「否、人も多いし無理も無いよ。…あのー…危ないから。連絡着くまでオレらと一緒に……その、居ませんか。」

少しだけ俯きがちだった顔をパッと上げて、大きな瞳を少しだけ瞬かせ乍ら困った様な笑みを浮かべて此方を見上げる高橋さんと視線が絡むと、チリリ、と風鈴の音が鼓膜を震わせてやけに煩く感じる。その沈黙が破られないまま逸らす事も出来ない視線を只絡ませるだけのこの時間がやけに長い。ソワソワと胸の奥がざわつく様な、妙な感覚が鬱陶しい。


「で、でも悪いよ…っ…悠太くん、春くん達は…?」

「あの人達なら多分、勝手に射的とか……あれ。」

ハッと、後ろを振り返ってみると知人と思われる人物の姿は跡形もなくなっている変わりに携帯のバイブが振動した。折り畳み式の携帯電話を恐る恐る開けると、新着メールを知らせる表示と「適当に店見てるから気にすんな。」とだけ書かれた要からの粗雑なメールが届いていた。…いや、あの。そうじゃないんですけど。かなめがねくん。

「ちょっと、オレもはぐれちゃったみたいで。」

こんな我乍ら適当な言い訳も高橋さんはすんなりと信じてくれて、本当になんとなく、適当な成り行きでオレと高橋さんは夜店を自然と見て歩いていた。辺りも々暗くなって来るにつれて夜店の灯りが妙に眩しい。

「あ、あの…悠太くんは、お祭りの夜店の中で何が一番好き?」

雑踏や太鼓の音もあってか普段の声より微かに張りのある高橋さんの声を聞いた。それでもやはり彼女の喋り方は何となく控えめで、何処か落ち着くというか、勝って乍ら安心感を抱いたりもする。去年の夏にお付き合いというものをした時もそうだ。なんというか、彼女の前では話さなくて良い事まで話してしまうのだ。

「…好き、っていうのも特に無いけど……いっつも皆が行きたい所に着いてってるだけだけど、それでもこう…普段よりたこ焼きとかが美味しく感じたりとかは、するかも。」

「そう、だね。屋台に出てるものって普段滅多に食べられないものって訳じゃないのに美味しそうに見えたりするけど、それってこの場が楽しいって事なんじゃないかって……あ、いや、あの、余計な事だよね…」

「いや、……何かそう言ってもらえると。嬉しい、です。」

高橋さんはいつも、そうだよねと一言言うのではなく、思った事を案外ストレートに伝えて来る。去年のお付き合いの件も彼女に呼び出されて控えめにも直球勝負を仕掛けられたんだったっけ。そういえば。凄く、素直な子なんだろうな。



「あ、えっと、悠太くんちょっと先に行っててくれる…?」

「どうかした?」

「あ、あのね、ちょっと靴擦れしちゃったみたいで…あ、でも大丈夫!絆創膏貼ったら直ぐ行くから……」

「ちょっとそこのベンチ、座って下さい。」

「え?悠太くんっ!大丈夫…」

「いや…オレが心配なだけ、です。」

「……は、はい。」

ストンと腰を下ろした彼女の下にしゃがみこんで、下駄を脱がせると芯を引っ張る。そうしていると不思議そうに此方を高橋さんが覗き込むものだから自然も口元が緩んだ。

「こうすると芯のとこが緩むから履きやすくなるんだけど…少しキツかった?」

「へぇ、凄い…!う、うん…ちょっと。」

「無理しないで言ってくれたら良かったのに。絆創膏ある?」

「え、あ、あります!」

「…す、凄く痛そう、ですね。」

「う、うーん…そうでもな…い、かな。」

ぺたり、と絆創膏を貼ってもう一度履き直させると、オレも高橋さんの隣に座り直した。少しここで休もうか。そうだね。なんて言葉を交わせながら行き交う人々に意識を追いやって、浴衣から見えるうなじとか、鎖骨とかを見て見ぬ振りをして。只太鼓の音と君の香りを感じ乍ら、胸の高鳴りを無視して決して言葉数の多くない会話を交わすと、指先が数ミリ重なった。手を引っ込めるにも引っ込められないままぼんやりと言った。

「やっぱり、放っておけない、です。」


(夏の薫りと雨上がり)






2013/04/28 21:56

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