*荒木竜一



体育祭、みながそれぞれの色のハチマキを頭に着けて応援するのがうちの学校の方式だ。

そして、そんなうちの学校の女の子達の小さな憧れ…

それはカップル同士でするハチマキ交換だった。

特に何かジンクスがあるわけではなく、ただ意中の人の物を着けて応援したいという女の子達の欲によって派生したものだ。
ハチマキ自体は学校側から借りているものなのだが、それでもいいのがこの年頃の女の子達なのである。

そういう私も。


「んだよ、じろじろ見て」

『別にー』

「んじゃあ、ちょっくら走ってくらー」


そう言って、隣に座っていた荒木は立ち上がり、次の競技の集合場所へと向かっていった。


『はあ…、どうせ言ってもしょうもないとか言いそう』


私がハチマキを交換したい相手、それは今まさに喋っていた相手である荒木なのだが、そういうものに興味が無さそうなのが厄介な所。


『直接言ってみようかなあ…でもなあ…』


そうブツブツ言いながら頭を抱えていると、友人の呼ぶ声が聞こえてきた。


「名前ー!そろそろ出番だよー!」

『はーい!今行く!』


悩んでいても仕方ない。断る理由もないだろうし、直接本人にお願いしてみよう。
靴ひもを結び直しながらそう決めた私は、しっかり結べているのを確認し、友人の元へ向かった。



集合場所に並んだ所で、丁度荒木の出番が回ってくるのが見えた。
遠巻きに見つめるものの、今いる場所からはよく見えず、残念な気持ちになる。

しばらくして戻ってきた荒木が、私を見つけて近寄ってきてくれた。


「どーだ、ちゃんと見てたか?」


へへんと、胸を張ってそう言う荒木に、いい結果だったんだなと知る。


『ごめん、ここからじゃあんまり見えなかった』

「はあ?んだよそりゃあ」


正直にそう言って謝ると、荒木の機嫌が少し悪くなった。

まずい、このままじゃお願い出来そうもない。
そう思ったと同時、ふとハチマキ交換をしているカップルが目に留まる。
荒木の視線が私のそれを追って、振り返った。


「………」

『あ、荒木…?』


そっちを向いたまま動かない荒木におずおずと声を掛ける。


「あー…」


今なら、言えるかもしれない。
直感的にそう感じた私は、意を決して話し掛けようとした。


『あ、あのね荒木…!』

「女ってさ、あーいう馬鹿みたいなこと好きだよなー」

『………』


馬鹿みたいなこと。荒木は今、確かに私と同じ光景を見てそう言った。
言いようのない悲しさが私の中を駆け巡っていく。ささやかな期待は音を立てて脆くも崩れ去った。


「って、名前?なんつー顔して…」

『知らない!荒木の馬鹿!あほ!まぬけ!!』

「おい!」


訳が分からないといった様子でアホみたいな顔した荒木に罵倒をかまして、私はその場から逃げるように全力で駆け出した。





少し走ったところで後ろから腕を強く引っ張られ、勢いでバランスを崩して倒れそうになる。


『ひゃ!』

「…っぶね」


すんでのところで支えられて、幸い尻餅をつかずにすんだ。


『ち、ちょっと!もう少し優しく出来ないの!?』

「悪い、加減出来ねえんだよ」

『ほんっと、意味わかんない…何で追いかけてくるのよばか…』


振り向いた拍子に、思わぬ至近距離に荒木の顔があって驚いた私は俯く。


「なあ、俺何か気に障ること言ったのか?」

『…言った、馬鹿みたいって』

「あー…あれか」

『あれかって…さいてい』


ぽりぽりと頭の後ろを掻く荒木。私はふんっとそっぽを向いた。


「あのさ、」

『何』

「交換したいならしたいって言えよ」

『なっ…!』


思わぬ発言に顔が熱くなっていくのが分かる。私はそれを悟られないように荒木から顔を背けた。


「オレさ、女心とかそういうの分かんねーから何で女がああいうの好きなのか知らねーけど、お前がしたいっつーんなら…」


そこまで言って荒木はおもむろに頭に巻かれた自分のハチマキを外した。


「ほら」


すっと差し出されるハチマキ。躊躇ってなかなか受け取らずにいると、手を引っ張られて無理矢理渡される。


「いらねー、つって返してきても受け取らねーからな。さっさとお前の寄越せ」

『ばかあらき…』


自分のハチマキを外して荒木に渡す。


『返せって言っても返してあげないから…』

「はいはい」


恥ずかしくて俯く私の頭を、荒木は大きな手のひらでぽんぽんと叩く。


「次からは素直に言えよな」


ダメだ、破裂しそうなくらいに心臓がやかましく音を立てる。

お願いだから、荒木にだけはこの音が聞こえませんように。そう思いながら私は素直に頷いた。




exchange
(ジンクスにのる)






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