腕 メグは不思議な男だった。 王国首都のしがない路地裏。大通りから離れた薄暗く、人通りのないその道に彼の店はあった。木製の大きな扉が印象的だった。店の名前が確認できるものもない。店の前にはブリキの郵便受け。紫色のシフォン生地がノブに結ばれかすかな風に揺れている。何かしらの布が結ばれていれば、店主が中にいるという印だ。店には窓もないから中の様子を伺うこともできない。街頭替わりのランプの中には、短くなった蝋燭が申しわけ程度の光を放つ。 一息ついて、重い扉に手をかける。 ギイィと鈍く蝶番が鳴く。そしてリン、と一度だけベルの音が通り過ぎる。扉がバタンと閉まると同時に、外の路地裏の殺風景さとは打って変わり目の前には色とりどりの服や布、装飾品が瞳を潤した。 「あら、いらっしゃい。久しぶりね」 音もなく一体のトルソーの影から顔を出した一人の男。白いシャツにダークブルースラックス。ベルトにはいくつものホルダーが吊られており、中には大きな裁ち鋏や針、糸。メジャーがゆらゆらと揺れていた。 彼がメグ。この名もない仕立て屋の主人である。 「適当に座っててちょうだい。頼まれてたものを出してくるから」 細い体を翻し、店の奥へと姿を消す。私は近くにあった脚の長い椅子を手繰り寄せ、腰をかけて近くのカウンターテーブルに肘をついて彼が出てくるのを待った。 すぐにメグは片手に大ぶりな箱を抱えて帰ってきた。どこか楽しげな表情を浮かべて。 「今回のはとっても良い感じに仕上がったのよ。もしかしたら、今まで作った中で一番の出来かもしれない」 「そうなの? はやく見せてよ」 恭しげにメグは箱の蓋を開けた。中にはワインレッドとネイビーが上品に絡まりあったもの。一着のドレス。出して広げて見せれば、それはまるで夜の闇に葡萄酒を垂らしたような、そんな艶やかな。 袖から合わせるように服の上にドレスをかぶせる。鏡に映したそれは、ピッタリと型に当てはまるように私のものになる。メグの満足げな顔が目に入る。 「いかがかしら?」 「素敵じゃない。期待以上よ」 ドレスを箱へと戻し、持ってきていた小ぶりの麻袋をカウンターに置く。ジャラリと音を立てたそれを、メグは静かに受け取った。 「これを着て何人の男に毒をまくの?」 唐突に始まるメグの問いかけはいつものことだった。 「毒をまくなんて、酷い言い方ね」 「まぁ! とぼけなくてもいいのに。自分でもわかってるんでしょ? 毎度寄ってくる男たちを誑かしては捨てていくっていうじゃないの。ガルーシャから聞いたわ」 「言いふらすなんて、あの人も酷いわね」 でも悪い気はしない。私の上司はとっても魅力的で、逆に私の話題を持ち出してくれたことのほうが嬉しいもの。 「悪いだなんて言ってないわよ。ただ気になっただけ。男を弄ぶことのできる女なんて少ないもの」 藍色に染まめたばかりであろう髪を指に絡ませながら、メグは笑う。(金色の筈の髪を彼は、服のように頻繁に変えるのだ) 「だって、」 「だって?」 「楽しいんだもの、仕方ないじゃない」 何気なく、女友達と話すように気楽に。ここでは人並みの倫理観も、法律も何もかも関係なく、楽しいお喋りができる。 メグは不思議な人だから。 「同じ男じゃ刺激が足りないのよ。抗体が出来た媚薬ほど意味のないものはないのよ」 「そういうものかしら?」 「そういうものなのよ。同じものじゃ飽きるわ」 頬杖をつきながら、メグは納得できないとでもいうように少しだけ睫毛を伏せた。 「メグだって、好きなことに飽きること。あると思うのだけど」 「あら。服作りにも飽きたことはないし、私はいつだって自分の腕を食べたいと思ってるわ。あ!」 いいことを思いついた。そうひらめいたメグの瞳が私に集中する。怪しげな藍色の瞳がこちらを覗いた。どこにもないようなその藍色は澱んでいて、でも澄んだ色。 「ねぇ、ニナ。私と相性試してみない? 腕を切られて食べられてしまうのも、とっても刺激的よ。ね? どうかしら?」 メグは普通ではないのだ。 ---ア-ト-ガ-キ--- 部誌のために一日で書き上げたものです。 あまり内容を考えていなかったので、セリフだけに重点をおいて書いてみました。 新しいキャラクター・メグとニネアことニナ。 メグはお気に入りになりそうです。 前へ 次へ |