小説 | ナノ

 

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三、過去は蓋然の中に



物音一つ立てずに進む彼らはやはり怪盗といったところだろうか。入り組んだ迷路のようなこの屋敷を迷うことなく進んで行く。それも、誰にも見つからずに。遅れないよう、音を立てないように注意して僕も後をついていく。たまにカスタールさんは後ろを振り返って僕がついて来ているかを確認してくれる。

暗闇ではよくわからなかったが、彼らはとても珍しい容姿をしている。繋がっている体以外でも、銀色の長い髪や、紫色の瞳。
アシュタルト国民のほとんどは金髪で、青い瞳を持っている。僕は田舎から出てきたからくすんだ栗色の髪に茶色い瞳を持っているが、銀髪なんて見たことない。もしかしたら、異国の人なのかもしれない。
持っている武器の形状も、この前読んだ本に載っていた異国の武器とそっくりだ。ならば、何故異国から来たであろう彼らがこのようなことをしているのだろうか?


「……何か可笑しいって顔してるね」

「えっ?」

「多分、なんで私たちがこんなことをしてるのかが気になってるんでしょ? ……あ。図星だ」


あっさりと読まれてしまった僕の思考。とりあえず言い訳も何も思い浮かばなかったので素直に頷いた。それを見てカスタールさんは「素直でよろしい」と言い残したまま前を向いてしまった。教えてはくれないということだろうか?だが、


「俺達は自ら望んでこのようなことをしているのではいない」


ポルデトータさんが前を向いたまま話し始めた。淡々とした声は、それを話すことをどうとも思っていないように感じられる。冷たい紫色の瞳は、何も映してはいない。


「俺達はある機関からの命令を受けてこのような犯罪行為を行っている」

「ある機関?」

「王家直属の特殊機関だ。表沙汰に晒されたことの無い、秘密裏で王の命を実行する裏機関とでも言おうか」

「……この国は、犯罪行為を行わなければ平和を保てないような状態にあるんですか?」

「悲しいことにな」


 
仕方ないことなのかもしれない。今の国王は平民からの支持は圧倒的だが、一部の貴族たちからは大きな批判を受けている。昼があれば夜がくるように、善には必ず悪が伴う。平和であればあるほど、それを保つのは難しい。正義は必ず勝つという言葉はあるけれど、悪に対抗できるのは、やはりそれと同じものだけなのかもしれない。


「私たちは元から表の世界には存在できないから、陛下が裏の世界で生きる場所を与えてくれたの」


今まで黙っていたカスタールさんが不意に呟いた。


「陛下の為ならば、死んでもかまわない」

「……カスタールさん」


 
真っ直ぐと前を見つめる彼女の眼差しには、とてつもなく熱いものが秘められている。忠誠心という言葉では言い表せられないほどの、大きな感情。おそらく、彼女たちを深く暗い闇の中からすくい上げたのが現王陛下なのだろう。彼女の隣にいるポルデトータさんの瞳にも同じものが見えた。


「うーん、なんかこういう空気嫌だなぁ。それに、サイラス!」

「は、はい?」

「名前! 堅苦しいから名前でよんでよ! なんか落ち着かない!」

「でも……」

「シエラの言うことは素直に聞いとけ。こいつは言い出すとしつこいぞ」

 
しんみりとしていた空気が一気に爆発する。雰囲気の差がありすぎて違和感をものすごく感じるが、なんだか安心する。
もしかしたら、わざと僕に話を持ちかけてくれていたのかもしれない。不安になっていた僕の気を紛らわそうとするために。そう思うと、嬉しくなる。優しい彼らの心遣いに胸が熱くなる。


「ありがとうございます。シエラザードさん。アルフレードさん」


今はありったけの感謝の気持ちを伝えておこう。


「慣れたらシエラって呼んでね、サイラス」

「さぁ、長話は終わりだ。ここからが正念場だぞ。あと、サイラス」

「何ですか?」

「…………残念だったな」


アルフレードさんは僕の肩に手を置いた。意味深な彼の言葉の意味を、僕は後で知ることになる。





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