-2- 二、出会いは必然が呼ぶ 絨毯の上に散らばるガラスの破片が月の光でキラキラと光る。黒い影は歪な形をして、僕の前に現れた。音もなく、降り立った。 突然すぎる出来事に呆然としていると、不意に首筋に冷たさを感じた。……冷たさ? 「この部屋に人がいるなどと、聞いた覚えはないのだが。貴様、何者だ」 僕よりも低い声が響く。鋭く、獲物を射すくめるような声音に僕は声も出すことが出来ない。首筋に、小さな痛みが走る。あてられているのは、刃物。理解した瞬間、恐怖が全身を駆け抜ける。殺される。そう思った。が、 「アル、落ち着きなさい。彼、怖がってるわよ?」 高く、透き通った声が僕たちの間を通った。一人だけだと思っていた僕の肩は勢いよく跳ねた。どうやらその声は僕を助けてくれるらしい。恐怖が少しだけ、無くなった。でも、僕の首には刃がまだそえられている。二つの声が、僕の上を走った。 「敵だったらどうするつもりだ、シエラ。物事には細心の注意をはらうのが普通だろう」 「アルの場合ははらい過ぎなのよ。いい加減、彼の首から武器を離してあげたら?」 「襲ってきたらどうする?」 「見た感じこの屋敷の人とは思えないから大丈夫。多分、報告に聞いてる被害者だと思うんだけど……」 「……はぁ、」 低いため息と共に刃が遠ざかる。金属の擦れ合う音がしたと思うと、次は紙の擦れる音がする。 「報告書に書かれている姿とは一致するな」 「ねぇ、貴方、名前は?」 「えっ! あっ、さささ、サ、サイラス・レーダですっ!」 やっとの思いで出せた声は上擦り情けなかった。そんな僕を気にする様子もない。僕は逆光ではっきりと見えない二人を見上げる。 そして僕はあることに気づく。こんな高いところに位置する部屋に、どうやって窓から入り込んだのだろう。もしかした、彼らは只者ではないのかもしれない。僕は少ししかない勇気を振り絞り、二人に話しかけてみた。 「あのっ、お二人は何故こんなところに……」 「ん? 君を助けに来たって言ったら安心する?」 「えっ?」 「言ってもいいかな、アル」 「……俺は知らん」 「じゃあ、いいや。私はシエラザード・カスタール。こっちの無愛想な男がアルフレード・ポルデトータ。ジェントランって聞けばわかるかな?」 「ジェントランって……っ! もしかして、あの有名な怪盗なんですか!」 「別に自ら名乗った覚えは無いんだがな」 ジェントランとはこのアシュタルト王国では知らぬ人はいないと言われる程有名な怪盗の通称である。怪盗と言っても、盗むのは違法で買い取られた国宝級の美術品だったり、犯罪を立証するための証拠品だったりするのだ(盗んだ物は持ち主の元に届けられたり、国届けられたりされている)。 義賊であるジェントランは国民から多大な人気を得ている。姿が知られていないこの怪盗は、実は存在していないのでないかとも言われていた。 でも、今、その怪盗が目の前にいる。有名な義賊、それも誰も知らない本当の姿を知ってしまったとなれば、誰だって驚くし、興奮するだろう。 「僕、ジェントランってずっと一人だと思っていました」 「あー。うーん……。一応、二人かな?」 「一応?」 「……これを見ればわかるか?」 体全体を隠していたマントをポルデトータさんが外す。それを見て、僕は目を見開いた。 繋がる彼らの腕と足。 右腕と左腕が、右足と左足が、二つの体が繋がっている。 「驚いちゃうのも無理ないよねー。まぁ、慣れてるから別にいいけど」 カスタールさんの言葉にハッ、と呆然としていた意識を戻す。諦めたような彼女の声音から、いけないことをしたと直感的に思った。 「すっ、すみませんっ!」 「騒ぐな。シエラの言ったとおり慣れている」 「それより行こう。書類は盗んできたし、証拠品もある。この部屋にある印の予備も持ったし……。サイラスも、ここから出してあげるよ」 「あ、ありがとうございます」 どんなに叩いても、回しても開かなかった扉がいとも簡単に彼らにとって開けられてしまう。警戒する様子もなく進んで行く二人(?)の後を僕は急いでついていった。 前へ 次へ |