小説 | ナノ

 

-1-
 

 

僕は忘れない。

あの銀の満月の夜に見た二つの影を、

二つで一つとなる、あの不思議な怪盗たちを……



一、始まりは突然に



「…………はぁ」


何度目かのため息が口から漏れる。真っ暗な夜の闇に染まる部屋の中。月の光しか頼りにならない一つの闇の中に僕はいる。どれくらいの時間がたったのだろう、この部屋に閉じ込められてから。

僕の名はサイラス。サイラス・レーダ、十七歳。このアシュタルト王国で暮らす一般市民だ。田舎から首都のレドウェイナに上京してきた出稼ぎ人でもある。町にある本屋で下働きをしていた平々凡々な人間だ。
何故そんな僕がこんな場所にいるのかというと、話は今日の夕方に遡る。


それは、僕が仕事から借家への帰り道。いつもより仕事が遅く終わってしまい、日課にしていた野良猫達の餌が用意出来ていなかった。なるべく早く帰るために、いつもは使わない裏道を使ったのがいけなかったんだ。
入り組む路地裏を走っていると、何メートルか先に二人の男が暗闇の中で話し込んでいるのが見えた。狭い路地は三人が通れるほどの幅はない。違う道を行こうと、きた道を一度戻ろうとしたとき、


「まさか、貴方がこのような賄賂を受け取るとは思いませんでしたよ」


賄賂、その一言に足が止まる。僕は幻聴だと、そう自分に言い聞かせ戻ろうとした。しかし、違う声が聞こえてきた。


「これがなければすぐにでも王の前に突き出すさ、指名手配集団グロアー。それともなんだ? ほかの連中と同じように私の下に付くのかね?」

「そういえばガリガロは貴方の下にいるんでしたっけね。貴方が王を暗殺しようとしているのをあいつから聞きましたよ、ゼルトイア大臣」


瞬間、聞いてはいけないことだったの理解する。アシュタルト国の有名な権力者、ゼルトイア大臣の秘密。
それが、今の会話。指名手配集団グロアーや殺人鬼として有名なガリガロを捕らえることなく、あまつさえ通じているという事実。そして、現王陛下暗殺を企てていることを今、僕は知ってしまった。なんということだ……。

とにかく、その場からなんとかして逃げようと硬直した両足を無理やり動かす。だけど、僕の足は簡単に動いてくれなくて、この時僕は最大の失態を犯してしまう。近くにあった材木に足を引っ掛けて大きな音を立てて転がしてしまったのだ。


「っ! 誰だっ!」


気づかれてしまった。走って逃げようとした時にはもう遅かったみたいで、後ろから大きな衝撃を受け、鈍い痛みを感じながら僕は意識を飛ばした。



目が覚めた時には見たこともない部屋にいた。逃げようとしても扉は開かない。唯一開いている窓からは地面からの距離がありすぎてそれも出来ない。脱出する手段もなく、どうすればいいのかわからなくなってしまい、冒頭にあたるのだ。


「なんでこんなことに……」


自分の運の無さが恨めしい。今日は厄日なのだろうか。


「…………僕、死ぬのかな」


ぽつりと、一言。これで僕の人生が終わる。そう思ってしまえば、もう後悔しかない。後悔しか浮かばない。どうしろっていうんだ。

たまたま、あの道を通っただけで未来がなくなるなんて。抱えた膝に顔を埋める。死にたくない。そう思った。

その時、

ガラスの割れる音が部屋に鳴り響く。反射的に顔を上げれば、夜の風にカーテンが揺れ、満月に黒い影が映った。




前へ 次へ