小説 | ナノ

 

-1-
 

 つまらない、つまらない、普通じゃつまらない

 だったら、白い罠と黒い菓子

 どっちを選ぼうか?



T、Candy


 暁の星が輝き始めている。白む空を見れば、黒い鳥の影ひとつ、ぽつりと浮かんでいた。まるで何かから逃げるように必死になって羽ばたく鳥に、今の自分を重ねてみた。


「くっ!ははっ、面白いなぁ」


鳥は翼をもいでしまえば飛べなくなる。では俺はどうしたら飛べなくなるんだろうな。胸を剣で突き刺す?それとも毒でも飲んでみようか?川に飛び込むのもいいかな?そういえばどれも試してみたっけ。


‐あぁ、刺激が欲しいなぁ‐



***



「はぁっ、はぁっ」


風が空を切る音がより鮮明に聞こえる。サリサリと髪の揺れる音も。周りの声とか音はあまり聞こえなくて、ただ近くに生まれる音と動かし続けている足の痛みだけしか感じられなかった。
何度も後ろを振り返り、黒が見えればすげに暗闇へと入る。せれを何度も何度も繰り返して、それでも相手は諦めてくれない。圧倒的不利な鬼ごっこは私を追いつめていた。


「はぁっ………やっと、あそこから逃げられたと、思ったのにっ!」


追いかけてくる現実はそれを許さない。長いスカートの裾は既に泥だらけで、あたりに煌めく街灯の灯がはっきりとわかる。昨日の夜からずっと走りっぱなしで、足が痛い。

なんで、自由が欲しかっただけなのに。

ただそれだけを思って走っていた。だけど、心に限界はなくても体は悲鳴を上げていて、


「っ、きゃあっ!」


足をもつれさせ転んでしまう。立ち上がろうと試みるが、カタカタと震える両足は言うことを聞いてはくれなかった。そんな風にもたついてる間にバタバタと追っての足音は私へと近づいてくる。そして、後ろから強い力で片腕を掴まれた。そんな、嘘。


「触らないでっ、放してよっ!」

「いてっ! そう暴れんなって!」


腕を掴んでいる手の甲に爪を立てたら、聞き慣れない声。初めて聞いた低音。私の腕を掴んでるのは、私を追いかけている男達ではない。薄紫のメッシュが入った黒髪に紅い瞳。灰色のマントに身を包んでいる男。


「なーにしてんの? 鬼ごっこ?」


わざとらしく笑う男は、私の腕を掴んだまま顔を覗き込んでくる。端整な顔立ちをしているのだとすぐにわかったが、ぶざけているようにしか思えない言葉に少しずつ怒りが込み上げる。


「そんなわけないでしょう! いい加減にして!」

「えーー、やだ」


振りほどこうとしても手は離れない。この男は何がしたいのだろうか?とにかく、私は今すぐに逃げなきゃいけないのに。


「ふざけないで!」

「ふざけているわけないだろ? やっと面白そうなこと見つけたのにさ? ほら、君の迎えが来たみたいだ」

「っ!」


男が指差す方向を見れば、そこには私を追いかけていた男達の姿。すぐに逃げようと立ち上がろうとするが、腕をつかまれたままでそれも叶わない。もう、終わりだ。


「ったく手間かけさせやがって! 戻ったらどうなるかわかってんだろうな!」


追っ手の男一人が私に怒鳴った。無骨な手がもう一方の腕を掴んで引きずりあげた。強い痛みを伴い先程まで掴まれていた手は離れ、私は無理やり立たされる。両腕を後ろにまとめられ、自由も奪われる。
もう少しだったのに!


「放してっ! あんなとこになんか戻ってたまるもんですか!」

「うるせえな、大人しくしやがれ!
黒髪の旦那、ご迷惑をおかけしました。ご協力ありがとうございます」

「んー、別にいいけどさー。あんた達、レドウェイナの娼館の奴らでしょ?」


ヘラヘラと笑いながらこちらを見ている黒髪の男、全てを見透かすかのような視線を私たちへと向けながら問いかける。
レドウェイナというのは町の名前で、娼館は女を買うところ。そう、私はその場所で昨日まで娼婦をしていたわけだ。だけどそんなの自ら望んでじゃなくて。ただ、あの息が詰まるような日々が大嫌いで、全部が嫌であの場所から逃げてきたのに、また戻されるだなんて。


「ふーん、逃げ出してきたんだ。へえ……」


男はそういうと自分のマントの中をごそごそとあさり始めた。数秒後、何かを見つけたのか嬉しそうな顔をして私達のほうに握っていた拳をむける。それを少し解くとシャラリ、といくつものネックレス、装飾品がぶら下がる。そして信じられないような一言葉を魅き出した。


「これあげるからさ、その女の子頂戴よ」


「「…は?」」






前へ 次へ