-3- 三、流れゆく時間に運命を悟る それから僕はシエラとアルと共に時間を過ごすことになる。どうやら僕は犬ではなくて、この山に住むシュテインという狼だったらしい。シュテインの体は普通の狼とは違い成体になる のに三年ほどかかるらしく、僕の体が大人になるころには二人は十二歳になっていた。 人間から獣になった理由は未だにわからない。ただ、人間から獣になってしまった僕にもたくさんの苦労があった。始めのうちは餌を食べるのにも抵抗があったし、四本の足で歩く、と いう基本的なことにも違和感があった。 けれど、この長い間一度も逃げたいとは思わなかった。理由はとても単純で、でも一番大切なこと。シエラやアル、それに彼らの祖父母が僕を家族同然に扱い、そして優しくしてくれた 。そのことだけが、シエラさんとアルさんを失って、全てに絶望しかけていた僕にとってどれだけ温かく重要なものだったか。 彼らは知らない。あの二人がいない僕が、どれだけ僕が彼らに救われたか。 *** 大きな変化が訪れたのは突然だった。僕がここに来てから六年ほどの月日が流れ、そしてこの平和な幸福に満ちた時間を当たり前だと思い込んでいた時。 「……逃げなさい」 最後の言葉と共に、赤い水溜りの中に落ちた二つの体を夢だと思いたかった。 「……爺様? ……婆様?」 困惑したシエラの声だけが小屋の中に響いた。だけど、その中にいるのは彼女だけではなく、アルと僕以外の複数の若い男達だった。 賊。 思い浮かんだのはその一言。瞬間傍にいたアルは壁にあった剣を抜き、そいつらに襲い掛かる。僕は呆然と立ち尽くすシエラの前へと移り、姿勢を低くし唸り声を立て威嚇する。シュテ インとは「大きな獣騎士」という意味を持つ。今の僕は立ち上がれば人間と同じくらいの高さほどあるから、シエラを守るのにそれなりの効果はある・・・はずだった。 「シエラっ!」 アルの低い声が小屋に響いた。彼女の後ろに立つ大きな影に、シエラは小さな悲鳴を上げた。そして何の抵抗も出来ないまま捉えられてしまう。 「いやっ、放してっ」 「観念しろよ、お譲ちゃん。大人しくしてりゃ傷つけやしねぇよ。そういうご命令だからな」 ご命令。そんな意味深な言葉を吐きながら、味方の男達に目配せをし、そのまま立ち去ろうとする。そんな様子を見て、賊からシエラを助けようとアルも奮闘するが、ほかの男が一斉に 襲い掛かりそれも叶わない。そして、シエラが外へと連れ出されそうになった時。 僕は賊の足に牙を立て、そのままそれを食い千切った。そして、倒れる巨体からシエラが開放されたのを確認してから他の男に襲い掛かる。 それからのことはよく覚えていない。ただ一つ覚えているのは、傷だらけになりながらも、大事なモノを守ったという達成感だけ。 前へ 次へ |