-4- 四、運命が動き出して、 サイラスがこの家族に加わってから早六年。双子もサイラスも成長し、双子は十四歳に、サイラスも立派な狼になった。シュテイン(アシュタルト国の言葉で獣騎士)という狼であるサイラスの成長は普通の狼達とは違い、双子が十二歳になった頃にやっと成体になれたのだ。そのかわり、サイラスは立ち上がれば成人した男性と同じ高さになるほど大きく成長した。狼であるため、聴覚、嗅覚も優れている。そのため最近では老父やアルと森に狩についていくこともある。 「あ! 爺様、アル、サイラス、お帰りなさい!お昼も出来てるよ」 「ただいま、って、サイラス。まだ小屋に上がるなよ。泥を落としてから入れ」 そんな穏やかな日々を送っていた。 そして、そんな日々が続くはずだった。 変化は突然訪れた。 「あれ? もうジャムがない。どうしよ」 その日も、老父とアル、そしてサイラスは狩に出かけており、小屋には老母とシエラしか残っていなかった。 「婆様、私ちょっとレーダの花畑に木苺を摘み行って来る」 「えぇ、気をつけてね。早く帰ってくるんですよ」 「はーい」 シエラは外套を羽織り、籠を下げ外に出た。泉のほとりを歩いていけばすぐにレーダの花畑には辿りつき、そのまま近くの木苺の茂みに座り込み、赤い実を摘んでいく。一つ摘んだ苺を口にすれば微かな甘味と酸味が舌に広がる。 「ん、おいし。……あれ?」 不意に顔を上げてみれば近くに霧がかかっていた。ネージェの泉の霧は侵入者を知らせるもの。もしかしたら大きな熊や動物が迷い込んでしまったのかもしれない。シエラはすぐに籠を手にし、ゆっくりと立ち上がった。 小屋に戻ろうとしたが、すぐさま霧は花畑を覆う。 侵入者が近づいてきている。 そう理解した瞬間シエラの背筋が凍つた。昔はアルやサイラスがいて、一人ではなかったから平気ではあったが、今は人。恐怖が渦巻く。シエラはもう一度そこにしゃがみ、霧が去るのを待った。しかし、 サクッ、サクッ 何かが草を踏む音が聞こえ、それが段々とシエラへと近づいてくる。シエラはすぐに外套を被り、苺の入った籠を強く握った。草を踏む音が一度、止まった。そして、 「……こんなところで人に会えるなんてなぁ」 アルより低い、でも老父よりは高い声が聞こえた。顔を上に向ければ、そこにはシエラを見下ろす黒髪の男がたっていた。 「君はこの近くに住んでいるの?」 「…………」 気さくに話しかけてくる男の問いかけにシエラは答えず、ただその男を睨み続けた。見知らぬ人間とは話してはならないそれが昔からのいいつけだった。 男はそを特に気にはせず、ただシエラを見てニコニコと微笑んでいた。 薄紫のメッシュが入った黒髪に紅い瞳。灰色のコートに身を包んでいる男は何もせずにシエラをじっと見る。 「……へぇ、青銀の髪に紫の瞳、かあ。こんなとこでジェントランの生き残りに会えるだなんてなあ」 「っ!」 男の呟いたジェントランという言葉に大きく肩を震わせた。それはシエラとアルのファミリーネームでもある名だ。このことは誰にも教えてはならない老父から言われていたし、シエラ自身もこの目の前の男からそれを聞くとは思っていなかった。 男はそんなシエラの様子をみて、また妖しく笑う。そして、 「初めまして、俺はガルーシャ・サジャータ。君をさらいに来たって言ったら君は逃げる?」 そう聞いた途端、シエラは体が動かなくなった。恐怖が体を支配し、全ての動きを拘束した。それを見たガルーシャという男はシエラへと、手を伸ばそうとした、が、 ウオォオオオーーーン 狼の遠吠えにそれは止まった。ガルーシャは森の向こう側を一度見、再度シエラに手をのばした。だがそれも、 「シエラッ!」 聞きなれた片割の声を聞き、シエラは反射的にそこからからばねの様に飛び上がり、声のしたほうへと走り出した。シエラが霧の向こうへと消えてもガルーシャはそれを追わず、そこに立ち止まったままだった。霧の向こうをじつと見つめ、そのまま、 「……面白い」 そう咳きシエラの置いていった籠を苺ごと踏み潰した。 「絶対に捕まえてやるよ。ジェントラン」 ガルーシャの靴が、赤に染まった。 「アルっ!」 シエラはアルへと駆け寄り、彼の首に抱きついた。いきなりのことにアルは驚くが、すぐにシエラを受け止める。すぐに後ろからサイラスも寄ってくる。シエラのめったに見せない表情にアルも表情を固くした。 「何があったんだ、シエラ」 「ど、しよっ、アルっ。私っ、どうしたら…っ」 シエラを優しく抱きかかえ、近くの木々の根元に腰を下ろした。サイラスもシエラを心配して、シエラの頬から流れる涙をなめた。シエラは小さくしゃっくりをあげながらも、先ほどあったことを全部話した。すべてを聞いた後、アルはシエラの肩を抱き寄せた。 「無事でよかった。よく、耐えたな」 そのアルの言葉にシエラの涙はより溢れた。アルもシエラの頭を優しく撫でた。 恐怖は終わった、そう思っていた。だが、この後小屋に戻った二人と一匹は一面の赤を見ることになる。 前へ 次へ |