short | ナノ


どういう事だ…名前は額を押さえて後ろに倒れそうになっていた




なんで、劉輝が墨まみれなんだよぉーーー!!




机には紙と筆、墨がすられた硯が並べられていた。向かいには清苑が座っていたが名前と視線を合わそうとしなかった



「清苑…これ、どーゆー事だ?」

「…………少し余所見をしていたら」




筆を持って硯とお友達になっていた、と言うことらしい。当の本人はケロッとした顔をしてニコニコしていた



「早く風呂行くぞ!乾いてからだと落ちにくいんだっつの!」

「あい!」


「な、一緒に湯、だと!?」



清苑がガタンと椅子を倒した瞬間には名前は劉輝を担ぎ上げバタバタ湯殿へ向かった後だった







***






劉輝を丸裸に剥いて墨を洗い流す。名前は公子と入るための、一応規則だという湯船用の白い襦袢のようなものを着ていた。風呂は裸の付き合いだろが!と昔騒いだ事があったが『規則ですから』と頭のかたい答えをたくさん貰い渋々と従っているのだが、やっぱり風呂は裸で味わいたいもんだと感じていた。ある意味男前な考えだ。そんなこんなで耳を塞がせザバーと頭から湯をかけ泡を流した



「こーら。なんで兄上の言うこと聞かないんだ?触るなって言われなかったか」



温まった小さな体を抱いてゆっくりと湯船に入っていく。劉輝の濡れた前髪をかきあげ額をだした



「……ごめんなさい」


「あとで兄上にも謝ろうな。落ち込んでるんじゃないか?」



あの時のばつの悪そうな顔がおかしかったのを思い出しクスクス笑う。しばらく湯船に浸かっていたが、なんせ小さい子供だからジッとしていられないらしく名前の膝に座っていた劉輝はパタパタと騒ぎ出した



「………あがるか」



劉輝にはもう十分の温まり具合であった。よっこらしょ、と爺のように湯船からあがり脱衣場へ向かった





「…………何をしてんだ清苑」

「私も洗え」




頬に墨をつけた清苑が脱衣場に立っていた。名前はまたしてもこめかみを揉んだ



コイツって何属性なん?
落ち込んでねーし




清苑も、脱衣場に姿を現した名前に視線が釘付けになっていた。もちろん名前は女人ではない、しかしこの濡れて半分透けた襦袢から漂う色香は何なんだ…細い体を見せつけるかのような綺麗なラインを形作り、目のやり場に困り果てた。どこに目線を合わせればいいかわからずフイと横を向いた。名前には今の清苑の真意はわからない、横を向いたのは『さぁ私を連れていけ』な態度に見えて仕方なかった。はいはいと清苑の衣を預かり籠にしまい劉輝を連れて清苑と湯殿へ戻った。そんなに混ざりたかったのかと頬についた墨を眺めた



「あーあーあーっ綺麗な顔に墨つけてお前!」



全力で泡を作り清苑の顔にこれでもかと塗り付け自分で洗い流させる。パタパタ騒ぐ劉輝の体を湯冷めさせないように清苑と一緒にまた湯船に浸かった



「普通に入ってこいよ。わざわざ墨つかわなくてもさー」

「………わざわざじゃない。偶然、予期せぬ事態で、ついたんだ」

「…………そうか」




嘘が下手だ……!
大人相手にあれほど頭がキレて嘘も方便な清苑が、こんなに嘘が下手になるなんて



「可愛いなーお前ら」



不器用な兄弟を本気で可愛いと思えた。ぺたりと額に張り付いた清苑の前髪をかきあげオールバックにする。これまた似合っていて悔しい



「さーお前ら、100まで数えたらあがるぞー。いーち、にー…」



律儀に数える清苑が可愛い。
全然数えらんない劉輝も可愛い。
多分今一番兄弟らしい時だと名前は思った



「ひゃーく!おー劉輝数えられたじゃないかー最後だけ」

「えらいですか?」

「えらいぞー」

「私は全部数えたんだぞ」

「清苑もえらいぞー」



濡れた2つの頭をぐしゃぐしゃ撫で回した。再びよっこらしょ、と爺のように湯船からあがり脱衣場に向かった



「ちゃんと拭けよ。風邪引くから」


「あい」




劉輝の返事を聞いてふと笑みがこぼれた。たまになら3人でお風呂も悪くないなと思ったから



本当の兄弟みたいで楽しかったし




今度やってみようと思った名前だった






***








「墨がついた。俺も洗え」


「俺センカの御世話係じゃねーし」




どこで聞いたんだかどこから見てたんだか、センカが夜中、名前の部屋に現れそんな事を言うのだ。もちろんバッサリ断ったが相手はあのセンカだ、ひるむわけがない



「今、夜中、俺、寝る。おやすみ!」



かなり強引にセンカの背を押し部屋から出そうと頑張るが、体格差がそれを阻む



「減るもんじゃねーだろ。俺にも見せやがれ」

「意味わかんないし!減るとか見せろとか」

「お前の裸」

「くたばれぇえー!!変態!!!」



押してもビクともしないセンカの背中をこれでもかと蹴り倒した。襦袢着てるっつの!露出狂じゃねーし!と叫びながらセンカを部屋から追い出すのに成功した



「寝言は寝ていえ!!」

「またくるぞ」


「くんな!」




指先に墨をつけたセンカは廊下に放り出された。おまけに鍵もかけられた……それでもふっと笑みを浮かべ普段と変わらない飄々とした態度で廊下を戻っていく姿は覇王のようであった





え、これなんてパワハラ?



センカを放り出した後へたりと床に座り込んでしまった。清苑といいセンカといい………




ここんちの父子(おやこ)似すぎでイヤーーー!!




劉輝もいずれはあーなるのかと将来を心配した御世話係のある夜中の出来事でした





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