愛梨の親友、沢村花は最近休み時間が憂鬱だった。



「えぇ!?あの科学の先生、カツラって噂なんほんまやったん!?」
「そや。しかも“それってヅラですか”って聞いたら、停学なるらしい」
「停学!?え、こわっ!それほんま?」
「ほんまほんま」
「侑くんは何でそんなん知ってるん?」
「俺は先輩から聞いた」
「…その先輩は直接聞いたんかな」
「今度、愛梨ちゃん一緒に言ってみいひん?」
「え、巻き込まんといてやー!」






「なぁ、なにあれ?」
「ほんま毎日来とんなアイツ」
「最近はもう見慣れた光景だよね」
「違う!あんなもん見慣れるな角名!!治はあれ何とかしろ!片割れやろ!!」



教室前の廊下で喋る愛梨と侑を指差し、同じクラスである治と角名にまた、愛梨取られた!と訴える。
しかし、侑のチームメイトの2人は諦めろと首を横に振る。
そんなやり取りもこの2年1組では最近、見慣れてきた光景の1つである。



「それにしても侑にしては一途に想ってるよね、宇野ちゃんのこと」
「まぁ…そやな」
「なんっやねん宮侑!何でよりにもよって愛梨やねん!!」
「そらぁあの子やからやろ」
「うちの愛梨やからな。惚れても何もおかしくない。でも、その気持ちは心の奥にしまっとけ!!」



宮侑という男は入学当初からこの稲高では有名だった。
強豪である男子バレーボール部のレギュラーで高校No.1セッター。高身長に整った顔立ち。
目の前の宮治と揃って侑派、治派なんてファンからキャーキャー騒がれ、まさに“人気者”を絵に描いたような双子だ。
最も試合の応援に吹奏学部で参加した際、侑の性格の悪さを何度も目撃した花としてはあんなんのどこがいいん!?と信じられないことなのだが。

学校では女の子に何かと囲まれているところを沢山見たことがある。試合では他校のファンに囲まれているところも沢山見たことがある。だけど、侑が一人の女の子を追いかける姿は見たことがなかった。
宮侑はバレーボールが1番だから、特定の彼女は作らないらしい。
そんな噂があったのになんやあれは!!



「宮くんと宇野さんやっぱお似合いやねぇ」
「ほんま絵になるわー」

「違う!愛梨と宮侑はそんなんやない!!」
「どうどう」
「……なんや、ツムの奴意外と歓迎されとるんか」
「そういや、侑のファンの子もそこまで騒いでないよね」
「はぁ!?愛梨にあんなん勿体無いわ!!」



離れた場所で侑と#nane#を見ていた女子生徒にも花は噛み付いたがそんな反論何の意味もないのだろう。
クラスでは宮侑に対して歓迎ムード全開。
ショックを受ける者もいたが、多分本気で反対しているのは自分だけ。
ありえへん!愛梨にはもっとええ男がおるはずや!!
花はオーバーに頭を抱えた。



「それにしても沢村さんってほんと侑のこと嫌いだよね。苦手とかじゃなくて」
「アイツ、試合の曲の注文ほんま多いねん。機嫌悪いとすーぐガン飛ばしてくるし」
「ツムは人でなしやからなぁ」
「自信過剰やし偉そうやし人のこと見下すし…何より軽薄でいかにも色んな女誑かしてる感じが無理」
「前半は合ってる。侑って女関係は意外とそこまでじゃなかったっけ?暴言は吐くけど」
「バレーしか興味ない奴やからな」
「男から見るのと女から見るのとでは違うねん!私にはわかる」
「………沢村侑のことほんと嫌いじゃん」
「嫌いや。とにかく、ほんまに近づかんといてほしい」



花は顔を歪め、懇願するかのようにそんな言葉を発する。治と角名はこれ以上何も言うことができなかった。











__________________________


「あっ花!」
「そっちはパー練終わったん?」
「大体合ってきてるから先輩がソロ練習してきてええよって。通しで合わせる前に戻って調整はする予定やけど」



放課後、パート練習を少し抜けて花が向かったのは愛梨が自主練をしている第三体育館裏だった。
決してサボってここにやって来たのではない。聞きたいことがあって、これまで言うタイミングを失ってしまったがどうしても聞きたくて。
額に滲む汗をタオルで拭き、愛梨に尋ねた。







「ずっと気になってたけど、いつまでここで練習するん?いくら屋根あるからって…オーボエは室内向きやろ」
「雨の日は流石に室内でしてるから大丈夫やで?」



この間、小雨ぐらいやったらちょっとの時間大丈夫ってここで練習してなかったっけ…と思い出したが、その言葉は飲み込んだ。
オーボエなどの木管楽器は直射日光や雨風、急激な温度変化に弱く、外での練習はできない楽器だ。ここは屋根があるため可能だが、室内で練習をするのが普通である。
パート練習はもちろん、ここを自主練場所として使うまでは愛梨も実際に室内で吹いているのがほとんどだったし。
これまで練習していた場所が工事中で立ち入り禁止とは言え室内で練習できる場所は他にもある。
それなのに愛梨は積極的にここに足を運んでいた。
理由はわかっている。



「……今日、宮侑は?」
「さっきチラッと来てたよ?無理せんでいいのにね」
「それは愛梨の方やろ。無理してずっとここでやる必要ないないねん!」
「ほんまは気分転換でここで吹いてただけなんやけどね、侑くん…めっちゃ褒めてくれるし、ちょいちょい来てくれるから中々変えられへんくなってんよね」
「なにそれ!?迷惑過ぎるやん」



すかさずツッコミを入れるが愛梨は笑い、ちっとも迷惑そうにしていない。彼女がわざわざ外で練習をするようになったのは宮侑のため。
これがもう本当に本当に!!
花は気に入らなかった。



「夏休み入ったら流石に室内入るよ。気温はどうにもならんし、侑くんの気散らせたくないし」
「気散るのはこっち!あんな奴のこと気にせんでいいねん!!夏休み中に工事ももう終わるし、戻るやろ?」
「うん、工事終わったら戻るで?」



よう言った!!
唯一の救いは宮侑の好意に愛梨が全く気付いていないことである。
このまま気付かれず宮侑の恋なんて儚く散ってしまえばいいのに。



「吹部以外の人が聴いてるって新鮮で楽しかってんけどなぁ」
「アイツに聴かせたって何も分からんねんからいいねん!」
「ふふ、あっそういえばさぁ…」
「ん?」
「野球部、順調に勝ち進んでるらしい」
「……ああ。野球部もそんな時期か。」



ワントーン低い声が出た。



「予選の決勝は応援団とチアだけじゃなくて吹部も駆り出されるみたい。甲子園進んだら忙しくなるねぇ」
「愛梨は来ないやろ?オーボエは炎天下あかんやん」
「うーん…メガホン持って来いって言われるかも?」
「えぇ!?いらんって!私やって野球部は応援したるけど、アイツだけは応援したくないのに!!」
「 花、まだ怒ってるん?」



嗚呼、せっかく宮侑に対しての怒りが収まってきたというのにまさか愛梨からこの話題を持ち出してくるなんて。
今度は別の怒りが花に湧いてきた。
どれだけ時間が経っても忘れられない。親友の元彼に対しての怒りが。
当の本人はそれほど気にしていないようであったが、花にとっては今もまだ許せない。
愛梨が怒らんから代わりに怒ってるねん!!と怒りを露わにする自分とは対照的に親友はありがとう、と静かに礼を告げるのであった。

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