▼ 会いたかったけど、会いたくなかった
久しぶりに会ったあなたは相変わらずだった。
「……暇だなぁ」
イベントホールから漏れ出るJFUの会長の声をBGMにふわぁと欠伸をする。
これならラウンジでケーキでも食べて待っていてもよかったかも知れない。
会見の間、アンリちゃんには中で待機するように言われたが、それは丁寧にお断りし、私は外のソファーで待機していた。
理由は簡単だ。JFUの関係者やメディアの中で帝襟名前を知っている人がいればちょっと面倒だから。
有名人になったつもりはないが、日本の至宝と異名がついた彼の専属トレーナーをしていた時はほんのちょっと日本の取材を受けたことがある。
私のことなんて知らない、知っていても忘れてるだろうけど、あの頃のことを探られるのは嫌だった。
あと、どれぐらいだろうかと腕時計を確認すれば終了時刻が近づいていた。
質疑応答が長引けば時間は左右されだろうが、少し様子を見に行ってみようとソファーから腰を上げた。
「あっ、なんかアンリちゃんが喋ってる」
最近は毎日聞いているアンリちゃんの声が聞こえた。
あの角を曲がればすぐだ。
サッと中だけ覗いてみようと会見が行われているホールを目指すと、前に誰かがいて
「ん?名前ちゃん!?」
「え……ダバディさん!?」
「名前?」
「…………冴」
どうして、なんで、
そこにいたのは冴のマネージャーのダバディさんと
かつて私が何よりも優先順位を1番に想っていた冴だった。
「名前…お前ここで何やってんだ?」
「冴こそ……どうして
日本にいるの」
久しぶりの再会だった。
「パスポートが切れて日本に戻ってきた。今日はそのついでにここで雑誌の取材を受けに来ただけ」
と冴は端的に説明する。
そういうところは変わっていないようだ。
また少し痩せた…?と気になったが、同時に身体は厚くなってることにも気づき、ホッとした。
もう関係のないことなのに、無意識に冴の体調を気にする自分に呆れちゃう。
「お前は
日本で何してんだ?」
「私は…」
何から話せばいいんだろう。
「わたし……」
目を泳がせた後に下を見る。
動揺し過ぎてすぐに答えることができないでいると、冴の気配を感じて腕をグイッと引かれた。
「え!?」
「来い」
「えぇ!?どこ行くの冴ちゃん!?」
「すぐ行く。先に車戻っててくれ。さっきも言った通りスペイン行きのフライトはキャンセルだ」
「冴ちゃん!?」
慌てるダバディさんを横目に冴はズカズカと歩き出す。
強く握られた右手を引っ張られ、私にそれを振り解く力などあるはずもなく彼には会釈だけして後をついて行くしかなかった。
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「待って、早いよ冴!」
冴の長い脚は一歩が大きくて転ばないように小走りで着いて行く。
人目のつかない場所を見つけ、ようやく立ち止まったが、腕は離してもらえなくて冴は同じ質問を繰り返した。
「お前、今まで何やってた?」
冴の冷たい視線が刺さる
苛立っている様子は明らかだ。
「何でそんなに気になるの…」と疑問をぶつければ彼は「質問に答えろ」と目を釣り上げる。
「何で?冴には関係ないじゃん」
「は?あんだけ勝手なことしといてそれか?」
「勝手なことって…そんなの私の自由でしょ」
クラブとの契約を解除して冴の専属をやめる時、私は彼に碌な説明をしなかった。
日本にも勝手に帰国した。帰国してから何度かきていた連絡は見たくなくて着信拒否もした。
「"普通に戻りたい""自分にできることはもうない"って勝手に姿消しやがってこっちもいい迷惑してんだよ」
険しい顔のまま、冴は坦々とそう告げる
ブチィと何かが切れる音がした。
「何よ…。さっきから勝手勝手って…」
「あ?」
「冴が言ったんじゃん!“もう、いい”って!!」
僅かに潤む視界が捕えたのは目を丸くする冴の顔だった。
「冴が言ったんだよ?“もう、俺のことはいい。名前には頼らない”って…。糸師冴にはもう帝襟名前は必要ない。必要とされてないから、クラブを辞めただけ。今更何なの?」
「おい」
「本当のことだし、別にいいけど!私の実力が足りなかったんだもの…」
「名前」
「私ね……、今、JFUが企画したブルーロックプロジェクトにいるんだ。マネージャーとして」
冴の顔がより一層険しくなった。
「お前、今JFUにいんのか?」
「冴には関係ないって言ってるじゃん…」
当てつけだった。
私はもう、あなたの専属じゃないんだよっていう。
「私があなたのためにできることはもうないの」
「名前」
「もう、あの頃の私はいないの!!」
腕を思い切り振り払い、全速力で走る。
なんで、
なんで、
なんで……
なんで、こんなところで。
心臓の鼓動がドクドクと早いのはきっと走ったせいだ。
冴と再会したからじゃない。
契約を解消したことを問い詰められたからでもないし、彼の隣で夢を見ていた“あの頃”を思い出したからでもない。
久しぶりに会った彼が相変わらずかっこいいなと思った訳でも……
「ムカつくくらいかっこよかったなぁ」
足を止めて側にあった壁に寄り掛かる。
嘘。やっぱりかっこよかった。
それだけはあっさりと認めてしまった。
そういえば…
「凛ちゃんはどうしてるのかな」
冴そっくりでとってもサッカーが上手だった凛ちゃんを思い出す。
もしかしたら、彼もブルーロックにいるのかな。
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