フレッドとジョージは面白くない。老け薬まで飲んで三大魔法学校対抗試合に出場したかったのに魔法で弾かれ、その上ホグワーツの代表に選ばれたのは同学年のセドリック・ディゴリーだったからだ。なぜかホグワーツの二人目にハリーが選ばれたことは今はとりあえず置いておく。
 セドリックは二人にとって、クィディッチでしてやられた経験が何回もあったので彼が選ばれたことについては納得がいく思いとそれでもがっかりて認めたくない気持ちが混在している。その上、最近アルファードがセドリックととても親しくしているらしいことが拍車をかけていた。
 だがそれ以外で、アルファードは何やら授業がない日によく出かけているためなかなか会えないことも不機嫌になる原因の一つでもある。ほぼ毎週、それも校長に許可をとり、ホグワーツの外に出かけているとのことだ。そのせいで今年度に入ってから授業の合間の休み時間と夕食の席でしかアルファードを見ることができない。まるで恋する乙女にでもなったかのような表現だが、二人はアルファードのことを心配しているのだ。こっそりアルファードの後をつけたいところだが、さすがのフレッドとジョージでも不可能なことだ。なんとかアルファードと話したいところだが、仕方がない。アルファードが暇そうにしていたら全て吐くまで問い詰めよう、と二人は固く決意した。



 そうとも知らないアルファードは、とある人気のない今にも崩れ落ちそうな廃墟とも言える家の残骸の前にいた。先週までは生家で探し物があり、ずっとそれに時間をあてていたのだ。ようやくそれが一息ついたため、こうしてここに来ている。『彼』は現在ここにいるらしいのだと校長に場所を聞いて訪ねたわけだ。

「いるんだろう、シリウス・ブラック」

 辺りはおかしなまでにしんと静まり、風の音、鳥の声すらも聞こえない。その空間の中でさほど大きくないアルファードの声はよく通った。彼が声を出してそう時間がかからず、アルファードの前に一匹の大きな犬が現れた。夜の闇のように深い黒に染まった犬だ。ブラック家から出た彼でも、仮初の身体はその家の名から逃れられなかったようだ、と考える。

「ダンブルドア校長から聞いた。お前がここにいるのだと」

 まっすぐに犬を見つめてそう言うと、その黒い犬は魔法を解き、一人の男の姿になった。

「……アルファード・ブラックだな」

 しわがれたその声はどこかアルファードの声に似ている。伸び切った髪の向こうから見える灰の瞳は名前が持つものと同じ色。シリウスは自分の若い頃とよくよく似ているアルファードを全身舐めるようにして見た。シリウス本人すらも酷似していると思う見目のアルファードは、シリウスの姿を生まれて初めて見るにしては落ち着き払っていた。

「聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず一つ聞こう。何の用だ」
「お前が、僕について知りたいと思ったのだろうと思った。僕としても、お前のことは心の中で折りをつけたいと思っていた」
「……着いてこい」

廃屋の中はシリウスが居住できる程度に片づけたのだろう、外見から思っているほどは荒れてはいなかった。かつて誰かが使っていたのだろう椅子に座るように言われたアルファードは素直に腰掛ける。アルファードと向かい合うように座ったシリウスは、茶など出せないと言うが、アルファードはそんなことは望んでいない。

「それで。お前は何者だ」
「ヴァルブルガ・ブラックが禁術を行使して作り上げた、シリウス・ブラックのコピー。正確に言うなら人造人間だ」

 単刀直入に自分自身がなんたるかを伝えたアルファードに、シリウスは最初から理解が難しく頭を抱えた。

「何やったんだあの人……」
「夫のオリオン・ブラックが早く死んだのも息子のレギュラス・ブラックが死んだのも、全てお前がきちんと育たなかったせいだと思っていた。だからお前のコピーを作り真っ当に教育し直せば過去が変わると思い込んでいた」
「理解ができない。そんなことをしても過去が元に戻るわけはない」
「それが理解できないほどにあの人は認知を失っていた」

 自分自身の本物が目の前にいるにしてはアルファードは冷静で、シリウスもアルファードを目の前にして彼が想像していたよりも感情が激しく動くことはなかった。

「……僕のことを、廃棄するか?」
「は? 廃棄って……」

 じっと自分のものと同じ目を見つめた後、アルファードはシリウスに唐突に問いかけた。

「僕はお前の贋物だ、いい気はしないだろう。お前は本物だから、お前には僕を廃棄する権利がある。もうあの人もいないのだから、お前が僕の存在が嫌なら破棄すればいい」

 シリウスはアルファードの言っている意味はなんとか理解できたが、その問いに応えることはできなかった。自分自身と同じ顔だ、確かに違和感は拭いきれない。けれど、目の前にあるのは人造人間といえど一つのれっきとした命であることはわかる。
 闇の魔術に傾倒した魔法使い、それも人の命を命と思わず殺戮を繰り返す者は死んで当然だと考えている。だからこそ、彼自身に罪は何ひとつないのだから死ねと言うつもりは全くない。まるで単なる物のように自身を差し出すアルファードに対して憐れみすら感じた。

「……俺には、そんな必要はない。お前がどうしても死にたいのなら俺には止めることはできないが、お前にはれっきとした戸籍があって、今お前に死なれたら面倒ですらある。だからお前はお前で生きればいい」

 先ほど出会ったばかりのアルファードを、どうしてか突き放すことはできなかった。それは自分自身が死ぬところを見たくないからだろうか。

「勝手に生きて、お前のやりたいことを勝手にやればいい」

 そう言うと、アルファードはとても変な顔をした。シリウスの言ったことに対して困っているような顔だった。




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