「フレッド、ジョージ、ちょっといいかい?」

 いざ行かんクィディッチ競技場、と寝癖がついたまま朝の練習へ向かおうとしていたジョージ達をそっと呼び止めたのは、魔法使いでその名を知らない者はいない、『生き残った男の子』こと、ハリー・ポッターだった。

「どうした? 今日はビーターとキーパーの練習でシーカーは別の日だぜ」
「それともどうした? うちのかわいいかわいいロニー坊やのことで相談かい?」
「そうじゃなくて……アルファード・ブラックの、ことなんだけど」

 アルファードのことと聞いて、フレッドとジョージは全く同じタイミングでぱちりぱちりと目を瞬かせる。ハリーとアルファードの間に共通点など一つも見つけられなくて、なんの話なのか想像もつかない。

「この前、アルファード・ブラックと一緒にホグズミードにいたよね。仲、いいのかい?」
「仲がいいっていうか……なんなんだろうな」
「まあ、ホグズミードの案内したのは本当だけどな」

 フレッドとジョージ、それとアルファードはまだ名前のつけられない関係性だ。単にアルファードの家の問題に首を突っ込みかけている状態と言ってもいい。それを目の前のハリーに説明するほど二人の中でアルファードのことは整理できていない。

「僕、聞いちゃったんだ。シリウス・ブラックのことについて。あいつは僕の父さんの友人だったのにそれを裏切ってヴォ……例のあの人についたんだって。アルファードはあいつの息子なんだろう? なんで二人はあんなやつと一緒にいたんだい?」

 ハリーの声は今にも爆発してしまいそうなのをぐっとこらえているようで、フレッドとジョージははっとしてハリーの顔を見た。
 ハリーは、怒りと疑問と悲しみと苛立ちを全て大鍋に入れてぐつぐつと煮込んだような顔をしていた。両の手はぎゅうと拳を作り、それでも力をこらえきれないのかふるふると震えている。

「……ハリー。確かに俺達はお前さんの悲しみや怒りを全部わかってやることはできないさ。俺達は父さんも母さんも元気に存命中なんだからな」
「でもなハリー、お前の両親を間接的に殺したのがシリウス・ブラックだったとしても、その怒りをアルファードにぶつけるものじゃねえんだよ」
「…………ずいぶんと、アルファード・ブラックの肩を持つんだね」

 なんとかわかってもらおうとフレッドとジョージが言い聞かせるも、じとりとした緑の瞳は素直に聞き入れてくれるようには見えない。
 確かに二人がアルファードに肩入れしている自覚はある。誰だってあんなに気になる存在を放っておくなんてことはできないだろう。

「子供は親を選べないのはハリーだって理解できるだろ? アルファードは好きでシリウス・ブラックの子供に生まれたわけじゃあない」
「…………」
「アルファード本人が一度だって君に悪さをしたことがあったか? シリウス・ブラックに対してハリー、君が恨むのはわかるさ。それを俺達が何か言うことはしない。けど、なんにもしてないアルファードにそれをぶつけるのだけはやめてくれよ」

 頼むからさ、と訴えるジョージはいつものおちゃらけた表情などどこにもなく、口を閉じている方のフレッドにも余裕などどこにもない。
 ハリーはそれに何も返すことはなかったが、それでも何か思案しているような顔をしていた。



 ハリーの気持ちもわからないことではない。フレッドもジョージも父アーサーの天敵であるルシウス・マルフォイのことも、その息子のドラコ・マルフォイのことも嫌いだ。あの高慢で鼻持ちならない彼らにはいい感情なんて一つもないし、純血がどうのこうのという言い分を微塵も理解できるとは思えず、理解してやろうなんて思いもしない。
 そうして、ハリーがアルファードに対してどれだけの感情を抱いているのかも、フレッドもジョージも完全にわかることはない。フレッドとジョージがルシウス・マルフォイに向ける感情と、ハリーがシリウス・ブラック、そしてアルファードに向ける感情は負の感情であること以外重さも何もかも異なるからだ。近しい人間、友人や家族を殺されれば少しはわかるのかもしれないが、そんなことは絶対にしたくない。
 けれど、アルファードとシリウス・ブラックは親子といえど全く別の存在だ。シリウスの罪がそっくりそのままアルファードの罪ということにはならないのだと、ハリーにはわかってほしい。フレッドとジョージは彼の人となりをほんの少しだけ知ってしまったから、彼に心をほんの少しだけ許してしまったから。
 こんなこと、父にも母にも兄弟にも友人にも言っていない。まさかあのシリウス・ブラックの子供を庇うだなんて、きっと信じてもらえないだろうし、洗脳されているかもしれないと思われるかもしれない。それでも、フレッドとジョージはアルファード・ブラックのことを知ってしまったから、見捨てられないし理解したいと思うのだ。

「……あっ、朝練」
「……こりゃあウッドにどやされるぞ」

 気がつけば、早朝の練習の集合時刻はとうに過ぎていた。




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