「おい、なにをする!」 「まあまあ落ち着きなって」 「ちょーっとだけ俺らに付き合ってほしいだけだから」 次の日の放課後、ウッドにクィディッチの練習を休むことを伝え(ウッドは許可しなかったためすっぽかしたとも言う)、一人で人気のない廊下を歩いているところを二人がかりで連行し、誰もいない天文台の上に上った。フレッドには忍びの地図で見張りをしてもらい、ジョージがアルファードの服を剥く役をする。 「お前達には関係がないと言っているだろう!」 「はいはい何言われたってやめないからな」 校内のチームとはいえ荒っぽいクィディッチの現役選手と、ろくにスポーツの一つも嗜んではいないだろう細身のお貴族様。フレッドがアルファードのシャツを脱がせるのは容易いことだった。 「……ひどい、な」 フレッドがぽつりと呟いたそれにジョージも同意した。 アルファードの背と腹には無数の鞭の痕、そして肩から脇腹にかけての大きな切り傷があった。細かい傷は無数にあり、数えるのを早々に諦めた。腕には目立つ傷はないが、脚にもその傷は続いているのかもしれない。 アルファード・ブラックにあるはずのないその傷に、フレッドもジョージも言葉をなくす。彼の背はその綺麗な顔に全く見合わない、鞭打たれた罪人のようだった。 「それで。満足か」 はあ、とひとつため息をつき、アルファードはジョージの腕からシャツとネクタイをとり返す。制服を身につけている間も、双子の視線は彼の身体にあった。 「その傷、誰にやられたんだよ」 「無関係のお前達に言う義務はない」 「義務とかそんな話じゃないだろ、お前のそれは暴力だ」 「他の家の教育方針に口を出すと?」 やはりアルファードの傷は、身内につけられたものらしい。アルファードの言葉に確信を得て、二人はぎゅうと唇を噛む。 フレッドとジョージの生家であるウィーズリー家は純血主義に染まらず、窮屈な教育も受けていない。弟のロナルドの同級生であるネビル・ロングボトムの祖母は厳しい人だと聞いたことはあるが、それと比べれば父と母は優しい方だろう。 ホグワーツに入学する前から楽しく暮らしていた自分達の生活と、これほどの癒えない傷をつけられながらもジョージ達の知らない日々を比べてしまい、どうしようもない気分を味わった。 「お前の家、おかしいぞ」 「心配していただかなくとも、もう傷が増えることはない」 傷ひとつついていないジョージが苦しそうな表情を浮かべるのに対して、傷だらけのアルファードの顔には表情が何もない。アルファードの傷はどうやら今は亡きヴァルブルガにつけられたものであり、マルフォイ家ではつけられていないらしい。現在の彼の身の安全がわかってもなお、二人の顔の曇りが晴れることはない。 アルファードがきっちりとネクタイまで締めた後すぐにその場を去ってからも、フレッドとジョージはそこから動くことができなかった。 自分の生家で家族から教育という名の拷問を無数に受け続ければ、感情などいとも簡単になくしてしまえるだろう。痛みに泣き叫べばさらに逃げ場のない地獄にさらされることだろう、それならば感情なんてなくてもいい。 アルファードの表情がぴくりとも動かないのは、彼なりの一種の自己防衛機能が働いているということなのかもしれない。 思えば、彼はいつも一人だった。グリフィンドール生はスリザリン以外の寮生と仲良くすることはあるが、スリザリンの生徒はスリザリン同士で固まり、ジョージ達にしてみればつまらないことこの上ない、どれだけ自分の家の血が美しいかを誇っている。だが、彼はスリザリンの中でも一人でいることが多い。 嫌われているわけではないのだろう。現に、スリザリン生からの崇拝じみた尊敬だったり、他寮の女子生徒からの恋慕に似た憧れがこもった視線は彼にたびたび向けられている。 彼が誰かと仲良くする方法を知らないのか、まわりが彼を崇拝しすぎて近づこうとしないのか、彼が誰とも仲良くする気などないのか。それはフレッドとジョージにはわからない。 「アルファード、ホグズミートに行ったことあると思うか?」 「いや、それはないだろうな」 アルファードは三年生以上のホグワーツの生徒のほぼ唯一と言っていい楽しみを知らないだろう。いくら楽しいホグズミートでも自分だけのたった一人では行くことはまずない。この間のジョージのようにゾンコの悪戯専門店の目当ての品を手に入れるという確固たる目的があれば話は別だが。 「俺の考えていること、わかるな?」 「ああ、わかるさ兄弟」 ホグズミートにも行ったことがないだろうアルファード・ブラックにホグズミートを案内する。フレッドとジョージは次の週末、絶対にアルファードを連れ出そうと決めた。フィルチの没収してきた数々の品から持ち出した、ホグワーツ内部のどこに誰がいるのかわかる地図。誰が作ったものかはわからないが、これさえあればアルファードがどこにいるのかもすぐにわかるだろう。 フレッドとジョージは確かにアルファードとは関係がない人間だ。けれど、ホグズミートに行くことの楽しさ、そして世界はブラック家とホグワーツだけではないことをアルファードが知っていればいいと思ったのだ。 |