外はしんしんと白い粉のような雪が音もなく降り注いでいて、けれどこの邸にはアルファード以外誰もいないのでそれを言ったところで何かあるわけでもない。
 クリスマス休暇の今、シリウス達は今日だけはウィーズリー家へ行っている。それは今日ナルシッサがこの邸に来るからだ。不死鳥の騎士団らがこの邸に滞在していた痕跡は完全に見えないように隠して、ナルシッサには確実に気づかれないようにと様々な術を施した。そのため不安に思うことは全くない。ただ、考えることがあるとしたらそれは自分の将来、行く末だ。
 あと一年足らずでこの邸はアルファードのものとなり、アルファードはこの家のものとなる。それはアルファードが望もうと望まなくとも関係なく決められたことであり、アルファードが生まれてきた意味の役割だ。アルファードは祖母から、そしてナルシッサとルシウスからも純血の貴族とはなんたるか、どのようにして役割をなせばいいのかを教えられた。たった一人でもこの家を正しく動かせるようにと様々なことを吸収した。
 それしか、道を知らないのだ。

「久しぶりね、アルファード」
「叔母上も、お変わりありませんか」
「ええ」

 ナルシッサが今日ここに来たのは、アルファードがホグワーツを卒業した後に後見人の関係を終わらせる、その手続きにだ。ナルシッサも、嫁いだマルフォイ家ほどではないが生家のその本家であるブラック家は大切に思っている。そして、アルファードが成人するのを心待ちにしていた。

「この家もまだ慣れないでしょうけれど、これからはここがあなたの家になるのよ。成人後はあなたにも婚約者を作りましょう。パーキンソン家がいいかしら、それともグリーングラス家のご息女にしましょうか。あなたの希望があればそれを聞いてもいいのだけれど」
「いいえ、そのような関係の女性はおりません。叔母上がお決めくださればそれに従いましょう」

 馬鹿馬鹿しい、自分がホグワーツでは誰とも懇意にしていないと息子から聞いているだろうに。そんな、自分の希望を叶えようとしているように見せてその実自分にそんな希望の一つもないのだと知っている様が、彼らの嫌いなところだ。
 どんな女だろうとどうでもいい。誰であろうと同じだ。

「そうね。それと、進路の最終提出はもう終わらせているのかしら?」
「提出は一律でクリスマス休暇明けですから」
「書くことが決まっている生徒は先に出すようにさせればよろしいのに。今度ルシウスから言わせましょうか。理事会から外れても話は通るでしょう」

 ナルシッサは自分がブラック家の後継になる以外の選択をすることは全くないと思い込んでいるのだろう。他になりたいもの、やりたいことがあるなんて全くないのだと決めつけて。アルファードの全てを把握しているのだという自信があるのだ。
 そこまで考えて、何を自分は考えているのかと内心で嘲笑った。他の職種につくための授業選択など全くしてきておらず、そもそも自分が何か望む職があるわけでもない。自分に他の道があるわけがないのに、他に自分自身に選べる択があるわけがないのに。

 本当に?

 自分自身の声がアルファードの頭の中で別の意思を持ち、そっと語りかけてきた。
 思い出すのはあの騒がしい二人の顔。クリスマス休暇前に一度アルファードに会計業務のことを聞いてきてからはその後何度も相談にくる。普段の授業ではここまで質問をするなど全くないだろうに、授業以上に興味があるんだろうな、何度も思ったことだ。時には計算をみてやることもあったが、今までのホグワーツでの授業を真面目にやってこなかったからなのか何回もアルファードは間違いを指摘した。これなら自分が計算してやった方が早いなと思ったことも同じ数だけあるものだ。
 周りに流されて進路の選択肢すらない自分と違って、彼らは彼ら自身でやりたいことを見つけてそれを実現しようとしている。それも、一から起業するなどなかなかできるものではない。彼らの行きつけの店であるゾンコの悪戯専門店のスタッフになって商品開発に携わる方が起業よりは容易だろうが、きっと彼らはそれで満足などできないのだろう。
 自分のやりたいことをまっすぐに突き進み、目標に辿り着く者はほんのひと握り、それももともと好きだったものを職にしようとするのはいくつもの困難が待ち受けているはずだ。けれどもあの二人はそれをものともせずに実際に学生の身でありながら実現した。本当にすごい奴だ、と店舗を構えたことを知ってから名前が思っていることだ。それを二人には絶対に言うことはないのだが。
 アルファードはあの店で働きたいとは微塵も思っていない。別に悪戯に使う商品に興味はないからだ。けれども、あの二人と一緒に働くことになったのならきっと退屈はしないはずだ。きっと今まで自分が知らなかったものを知れるはずだ。それはすなわち、自分の世界を閉じこめていた殻を抜けることができるのではないだろうか。

 ふと、今まで壁があったところに何もなくなったような、肺を取り囲んで知らず知らずのうちに息苦しさを生み出していたものが急になくなったような気分が訪れた。目の前が開けて今まで存在していたのに見えていなかった道ができたように、唐突に心に浮かんだのだ。こんなことを考えているだなんて、まさか。

 僕はあの二人と一緒にいたいのだろうか。

 それは渇望がないのにもかかわらず、とても魅力的に感じた。そうでなければこんなことを、考えることもない。ああ、先日彼らが言っていたことがそのまま当たっているらしい。
 どうやら僕は、僕が僕である意味、役割を放り捨てて好き勝手に生きてみたいらしい。

「アルファード? どうかしたのかしら?」

 しばらく黙っていたアルファードにナルシッサの訝しげな声がかかる。ナルシッサにたった今開心術をかけられてしまえばきっとアルファードの彼女にとっておかしな思考は筒抜けだっただろうが、この様子ではその可能性はないだろう。

 「……いいえ、何も」

 嘘だった。きっと自分の命運が変わるだろうことを考えたとは絶対に目の前の人には言わないと顔に出さずに決意する。今まで自分の顔はぴくりとも動かなかったのだから、隠すのは簡単だった。
 けれど、アルファードに見えている世界は瞬く間に変わり果てて、牢獄のように思えていたこの邸すらただの抜け殻にしか見えていない。真実アルファードの心は自由だった。




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