「アルファード、ちょっと後で話があるんだけど、いいかな?」

 昼食を摂って午後の授業の教室に向かう道で、アルファードはセドリックに声をかけられた。その通路は他の時間ならば人気は少ないわけではない。今も、もうすぐこの通路を通るだろう生徒の話し声が少し離れた場所から聞こえている。

「ああ。今ではなくて後でか?」
「うん。ちょっと長い話になるかも知れないからね」

 授業が全て終わった放課後に約束を取りつけて、じゃあね、とセドリックはすぐに去っていった。セドリックはこういうところがスマートだ。セドリックは決してアルファードと話す時は周りの状況と場所を選ぶ。昨年にアルファードの万年筆を湖へ投げ入れた生徒のことをどこから知ったのか、もうあんなことはしないように話しておいたからね、と笑って報告されたことがあったが、その後彼は特に慎重にしている。アルファードも、セドリックが自分と懇意にしていることで他の生徒に余計なことを言われることが少なくなるのならそれに越したことはなく、また別に人前で話をする必要も感じないのでそれに倣っている。
 セドリックが自分に何の用があるのだろう。アルファードには思い当たることがなく、首を捻った。しかし彼が話したいことならば聞かないわけもない。別に用事などないのだから。

 そう、思っていたのだが。
 セドリックに約束された場所に到着すると彼の姿はなく、代わりに赤いネクタイを首元につけている見慣れた生徒二人がいるだけだった。ああ、してやられたな。そう思ったのは、現れたアルファードに二人が驚いていなかったからだ。彼らはセドリックが来ることを知っていた、つまりはセドリックにここに来るように約束をさせた、ということだ。



 アルファードに避けられている、それに気づかない二人ではない。今までは大広間などで目があった時には見なかったふりで視線を外していたのに、今は目があったその瞬間に逃げるように瞬時に目を逸らされる。この一週間はずっとこんな感じである。今年度が始まってからは二人がアルファードのことを避けてはいたが、その逆は初めてだ。ここまでアルファードに拒否されたことが今までにないため、フレッドもジョージも寂しい気持ちはないわけではない。しかしアルファードの素性を聞いたその上でも彼と友達になりたいと思う二人だ、これしきで彼のことを諦めるわけはない。
 アルファードと二人が人目を忍んで会っていたのと同じように、セドリックも彼と同じように人気の少ないところで言葉を交わしていたらしい。なので、二人はセドリックに協力をあおぐことにした。

「アルファードを呼び出せって?」
「ああ、何度話しかけようとしてもだめでさ」
「頼むセドリック、俺達あいつに避けられてるんだ」
「まさか君達、アルファードの嫌がることを無理矢理したんじゃないだろうね?」

 アルファードの嫌がること。セドリックの核心をつく言葉にぐっと二人は黙り込む。その隙を彼は見逃さず、やっぱりそうなんじゃないか、と納得の息をこぼす。

「それを謝りたくて話したいんだよ……」
「それじゃあ仕方がないな」

 そう言ったセドリックはやれやれと言いたげな、まるで弟のわがままに付き合う兄のような顔をしていた。



 時は進んで、待ち伏せていたフレッドとジョージがアルファードが来たのを確認したところである。二人のアルファードを見つめる目は同じ表情を表していて、それは決意に満ちたものだ。

「アルファード、この前のこと、悪かった」
「何に対して悪かったと言っている?」
「アルファードにむりやり言葉を押しつけたことだよ」
「わかってくれたようで何よりだ。お前達が本当にそれを謝りたいと思っているのかは置いての話だが」

 アルファードの様子を見るに、二人の行ったことに対して怒りは抱いていないようだ。だが見つめるアルファードの瞳は少しの不信感を携えている。

「まあそれと、一つ頼みがあるんだけど」
「謝りに来たついでに頼み事とはいい身分じゃあないか」
「それは、何も言えないけどさ……」
「家族には言えないし、かといってホグワーツの他の奴らじゃわからないだろうし……」
「判然としないな。せっかく頼むのならはっきりといったらどうなんだ」

 彼らの頼みなど大ごとにならないものや悪戯に関連しているものなのだろうから、少し話を聞いてやるくらいならしてもいいだろう。そんな考えのアルファードに、二人は彼の言葉に思ってもみなかったように目を瞬かせる。嫌だと言われるだろうと思っていたのだが、

「それじゃあ……アルファード、お金の計算とかはできるか?」

 フレッドとジョージからの頼みごとの内容に、アルファードは目を瞬かせた。頼みごとの内容が記された書類を渡すと、何の動揺もなくその書類を見ては、これをどうしたらいいんだ、とそれを放り投げることなく言った。なんと二人のお願いをアルファードは聞いてくれるらしい。

「まさか僕に謝罪をした後に頼むのがこんなこととはな」
「こんなことってなんだよ、俺達からしたら大変なんだぞ」
「そもそも会計なんざ俺達の向きじゃないからな。頼んだ俺が言うのもなんだけど、アルファードもこれがわかるとは思ってなかった」

 アルファードに渡したのは、彼らの家の支出と収入、そしてその他諸々の金銭にかかわるものだ。アルファードは、二人の運営する店舗については何ひとつ知らないはずなのに、二人が指示した数値を見ながらすらすらと手を止めることなく計算を始める。その迷いのない手つきをフレッドもジョージもただ見惚れるようにじっと視線を注いでいた。

「貴族の家の財務処理についてはよくよく習っている。単なる一店舗の経理などでこの知識を使うとは思わなかったが」
「俺はお前が簡単にこんなことをやってのけることにびっくりだよ」
「アルファード、俺達の店の経理担当にならないか?」
「あいにくだが進路は僕が生まれる前から決まっているからな」

 そんな言葉のやりとりをしているうちに、アルファードはほら、と計算し終えた紙を差し出した。二人が一晩かけて頭を抱えながら向き合っても終わらなかったそれがほんの数分で終わってしまったことに、喜ぶよりも先に驚きだ。

「あ、ありがとう……」
「俺達があんなに頑張ってできなかったのに……」
「これは基本だからきちんと身につけた方がいい」
「いや、ほんとに助かった」
「アルファードがうちで働いてくれればいいのにな」

 二人が喜んでいる姿をどうしてか呆けたように見ていたアルファードは、はっとして小さく首を振った。己を取り戻すように、どこか諦めを抱いているように。

「……そんなこと、できるわけないだろう」

 その呟きは二人に告げるためのものではなく、自分自身に言い聞かせるためのものだった。




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