セドリックの言う通り、アンブリッジはまともな授業を行わなかった。職に就くために単位を必要とする生徒の不満は凄まじく、単位を必要としないフレッドとジョージですらもこの授業など受ける必要があるのかと問いたいくらいにただひたすらに退屈な授業だった。昨年一昨年が実地的な内容であっただけに落胆もひとしおだ。
 ハリーはというとまた別の理由で闇の魔術に対する防衛術に鬱憤を抱えているようであった。昨年の三大魔法学校対抗試合で優勝杯をつかんだハリーは闇の帝王、名前を言ってはならないあの人の僕の陰謀で彼の復活を見届けたのだという話で、魔法界全体から嘘つき呼ばわりされていた。あの恐ろしい復活したというのにみなそれを信じず、最も重要な授業も意味をなさないものと化してしまったことでどうにかしなければならないと思い立った。
 ハリーが提案したのは、ハリー本人の指導のもと本来の闇の魔術に対する魔法を退ける訓練をするというものだ。彼と反対する生徒の間で一悶着あったようだが、結果的に参加したいと表明する生徒達の同意を得てそれは開催されることとなった。その仮の名も『ダンブルドア軍団』、ダンブルドア本人は了承していないのにもかかわらずみないい名前であると肯定した。

 フレッドとジョージ、それにセドリックもそのダンブルドア軍団に名を連ねた。セドリックが参加したのは他の参加者に一定のモチベーションを与えたようで、彼も指導役を行えるだけの実力があったために一部の呪文はセドリックが指導の補佐を行っていた。

 アルファードはスリザリン生であることもあり、参加はしないようだ。参加しないのかと逆に聞いたこともあったが、みな自分のことなど信用しないだろうと頑なに参加しないつもりであった。

 そう、アルファードとは授業選択を決定した後に二人で会いに行って話をしていた。

「絶対にお前とは縁なんて切らない」
「絶対に友達になってやるから覚悟しとけよ」

 その言葉にぶつけると、アルファードは一瞬呆気にとられた後にやれやれとため息をついていた。諦めたのだろうけれど、どことなく嬉しそうにも見えたのは二人の思い込みではないはずだ。アルファードが確実に心を開いてきていることに、二人は歓喜した。

「アルファード、あの家を出ようと思ったことはないのか?」

 先日セドリックと話した時に生まれた疑問を投げかけると、彼はこれまた数秒の間かたまっていた。

「そんなこと、考えたこともない。僕が生まれた理由だからな」
「ブラック家を継がせるため?」
「もちろん。シリウスは家出して絶対に家には戻らず、シリウスの弟はホグワーツ在学中に亡くなっている。従姉妹はみな結婚していて、他の家に名前を連ねた者に継がせる選択はなかったようだ」
「頭の固いやつの考えそうなことだな。そうじゃなくてアルファード、お前はどう思ってるのかって聞いてるんだ」
「だから考えたこともないと言っているだろう」
「じゃあ今考えろ」

 ふむ、と考えたアルファードは、しばらくしてから頭を横に振る。

「無理だ。僕が嫌だと言っても、みな僕を縛りつけて逃げられないようにするだろう。そもそも僕が今まで世話になっていたマルフォイ家はシリウスの従妹の嫁ぎ先だ。彼女が筆頭になって、待っているのは再教育だ」

 ふ、と諦めをこぼすその表情は二人が見るのは二回目だ。口の端がつり上がっているだけで笑えていない、笑顔を真似しただけのおかしな顔。
 人間がこの表情をするのは、諦めをこぼす時、自分自身を嘲笑っている時、そして泣きそうだから無理やり笑おうとしている時だ。きっとはそれは人間ではなくてもアルファードにも当てはまるだろうから、それはきっと。

「それって、アルファードが少しでも逃げたいって思ってるってことか?」
「…………え?」

 アルファードの目が見たこともないくらいに見開いた。灰色の瞳が揺れて、揺れた。二人を見ているようで見ていない、どこか虚空を見ている。

「そ、そんなこと、思ってなどいない……」
「思ってなかったらそんな例え話でもしないだろ」
「多分それはお前の本心だ。違うか?」

 違う、違うと呟いているアルファードは自分自身に言い聞かせているようで、これはアルファードに施された『教育』の結果なのだろう。逃げ出したいと思ってもそれをへし折り、希望の欠片も持つことのないようにという洗脳、しつけだ。
 このまま抗えるようになれば、アルファードは洗脳からも逃げることができるのかもしれない。だって、最もアルファードが恐れている彼の祖母、ヴァルブルガ・ブラックはとっくにいないのだ。彼を縛りつけるのは彼の近くにいない赤の他人で、彼が逃げ出したいと思うことができれば、実際に逃げ出すことは不可能ではない。

 あと一年で二人はアルファードの近くに行くことはできない。ホグワーツを卒業すれば確実にアルファードの周りの人間は彼を二度と緩むことなくがんじがらめにブラック家に縛りつけるだろう。二度と彼は自分自身の希望を持つことなく本物の傀儡に成り果ててしまうだろう。その前に、フレッドとジョージはアルファードに知ってほしい。
 アルファードは人間でなくとも欲を持っていいのだと、逃げたいと思えば逃げてもいいのだと。シリウスがかつてブラック家から逃げ出したように、アルファードも自分自身で自分自身の生きる道を決めることができるのだと。
 彼が自分の道を決めることができたのなら、それは一人の人間と変わりがないのだと。彼は造られた存在だとしても、人間そのものであるのだと。

 それを知ってほしいから、二人はアルファードに言い聞かせ続けようと決意した。




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