いつか滅びのゆめを見る


 父も母も美しい純血の魔法使い、その二人から生まれた私も純血で、妹も当然純血の魔女なのだと。そう疑うことを知らずに生きてきた。

「……父上、今、なんと……」
「お前が理解できるまで何度でも言ってやろう。お前とディアは一滴たりとも血が繋がっていない。ディアはマグル生まれの魔女だ」

 私がホグワーツに入学する前日に、父がそう告げるまでは。

 妹のディアは、言われてみれば父とも母とも、私とも似てはいなかった。人形のように美しいディアは入学前から他の純血の家から将来の息子の婚約者にしたいとの申し出が山のようにあった。姉である私にもディアにも平等の愛をくれる両親が、当時はディアのかわいさに婚約の話を断っていたのだと思っていたが、それは彼女の生まれに関わることだと知ったのは愚かにもその時で、頭がどうしたってその事実を認めたくないと叫んでいた。
 私の妹は、それはそれは可愛らしく、妖精か天使が地上に降りたような子だった。両親にも私にも甘えて、この世の汚れたものなど全て知らぬかのようで、一生全ての汚らわしいものからこの子を守ってあげないと、と思ったものだ。

「どう、して。お父様はその話を、私に」
「いずれはお前も、ディアも知らねばならないことだからだ」

 クリスティアナ。お前はこれを知って、ディアをどうする。父は私にそう問うた。本棚ばかりの父の書斎が、今はその本の数だけ誰かの目がこちらに向いているような気がして、ひどく居心地が悪かった。
 いわゆる純血主義と呼ばれるその思想教育を私は受けてこなかった。とうに亡い数代前のご先祖様は強い純血主義の思想を有していたようだが、単に両親があまり熱心でないからかと思っていたが、私自身もそれほど大切な教育であるとは思っていなかった。
 私は考えた。ディアは私の大事な大事な妹だ。幼い頃からかわいがってきて、我が家の宝物で、お姫様みたいな子だ。どうするか、なんて決まっている。ほんの数秒目を閉じて、そうして再び目を父に向けた。

「隠し通します。我が一族の末代まで」

 私の選択に父は、そうか、と一言つぶやいてうなずいただけで、否定の言葉はそこにはなかった。





 私が入学した二年後にディアがホグワーツに入学してから、私は両親と密に連絡をとり、絶対にディアの素性がもれることのないように私の学生生活の全てを費やした。ホグワーツに入学する直前に、私と同じようにディアにも彼女自身の素性を話している。

「お姉様、私……」
「大丈夫よディア、お姉様があなたを守るから」

 両親や私と血が繋がっていないと知った時のディアはとても動揺していたようだが、我が家のトップシークレットを本人が知らずにいられるわけもなく、なんとかそれを飲み込み、沈黙を保つ必要があることを理解していたようだった。声もなく崩れ落ちる妹の身体を支えるように抱きしめて、落ち着いてほしくて嗚咽の音がなくなるまでずっとずっとそばにいた。

「私、お姉様の妹ではないのに?」
「……それでも、ディアは世界で一番大切な私の妹よ」

 私にとって、血縁、純血であることなんてものは全く大切ではなかった。きっと、それは父も母も同じだったのではないかと思う。世間で己の血統を誇っている者どもがひどく滑稽に見えるほどに。
 可憐で美しくて世界で一番かわいいディア。どうにかして彼女の憂いを拭ってあげたい。父の後を継いで当主となる私が一生彼女を大事に大事に守ってあげないと。純血なんてなくとも、こんなに綺麗なディアに釣り合う男性なんていないのだ。彼女のことをよく知りもしない男性にディアを預けるなんて絶対にしない。



 ディアの母は、父と母の両方との知り合いのマグル生まれの魔女だった。純血の両親とディアの母の間になにがあったのかは私には遠く理解の及ばない範囲の話なのだろう。きっと長い話になるだろう様々なできごとを経て、ディアの母は死に、その子供であるディアを引き取ったのだそうだ。
 幸い、ディアの髪は母のいとこと同じ色で、瞳は近くでよくよく見なければそれほど父との違いに気づきにくい色をしていたため、他人の子ではないのかと聞かれることもないだろう。

「周りから疑われることもあってはならないわ。ディア、お友達になるのは純血の人だけよ。マグル生まれの魔法使いとは口を聞かないように。いい?」
「……お姉様。それは、私に必要なこと?」
「ええ。あなたを守るためにとても大切なことよ」
「…………わかったわ」
 よくよく言い聞かせればディアはわかってくれる子だから、言いつけ通りに振る舞ってくれた。ディアは私達の思いをわかってくれる。




 それなのに、ディアはひとりの男子生徒と最近仲がいい。
 その男の名前はレギュラス・ブラック。ディアと同い年の名門ブラック家の次男だが、私は次期当主は弟の方だとすでに決めつけている。いつか兄がブラック家を出るだろうことはわかっているから。
父も母も私も、ディアを結婚させることはできないため、できるだけ男子生徒と仲良くさせるつもりはなかった。ボーイフレンドを作るなんてもってのほか。

「ディア、あなたの素性が彼にしれたら、彼は絶対にあなたの悪評を広めるわ。彼とは懇意にしないでちょうだい」

 ディアのためなのだから、とディアに伝えた。ディアは物分かりのいい子だから、私の言いつけを守ってくれる。そう、思っていた。

「……お姉様は、わがままね。マグル生まれと仲良くしないで、純血の人と仲良くしてと言っていたのに、今度は純血の彼と距離を置くようにしないといけないの? なら私はマグル生まれの男の人と仲良くなればいいのかしら?」

 そう思って、いたのに。かわいいかわいいディアは、私をさも嫌っているかのような目で見ていた。今までそんな素振りは見せなかったのに。

「ディア……?」
「私のためと言いながら私を制限するお姉様が、前から嫌いだったわ。お父様もお母様もね」

 ディアがなにを言っているのか、わからなかった。こんなにも全ての汚らわしいものから守ってきたディアが、こんなにも醜い感情から生まれる表情をしているなんて信じられない。
 本当に、目の前にいるのは私の妹のディアなの?

「もう私は子供ではないわ。お姉様になんの指図も受けない。お姉様達の望み通りに動く人形ではないの。……もう話しかけてこないで」
「……ディア、なにを言っているの? 待って、待ちなさい、ディア!」

 呆然としている私にそう言い捨てて、ディアは去って行ってしまった。私の声を無視して、振り返ることなど一度もなく。

「どうして……」

 ぽつりとつぶやいた私の声は、まるで私の声でないみたいに私を置いて消え去った。



 妹を奪ったレギュラス・ブラック、私が世界で一番憎しみを向けている人間だ。ディアが私にあの眼差しを向けた日からずっと、今すぐにでもあの男が死んでくれないかと、いもしない神に願っている。
 同じスリザリン寮に属しているというのに、ディアは私と同じ空間にいないように努力をしているのだと、噂話を広げている生徒達から聞いた。あの美しい妹を、ぱっとしない姉が妬んでいるのだと、姉が嫌がらせをしているから妹は姉を避けているのだと、そんな根も葉もない馬鹿げた噂。それをみな信じきっていていらいらする。かわいいディアがそれを否定しないのだから広まっていることも知っている。
 授業の教室移動でもいいからとディアの姿を見つけると、そこにはあの男の姿がいつもあった。必ずディアの隣にいるあのレギュラス・ブラックに私の殺気が呪いとなって届けばどれだけいいだろう。レギュラス・ブラックは私が視線を向ける時にはいつも私を見ていた。どれだけ遠くにいても見ているのだから、クィディッチチームのシーカー様はどれだけの視力を有していることやら。ディアに避けられている私の姿を滑稽だと内心で思っているだろうくせにその感情をあらわにしないことがさらに彼への劣等感にも似た黒い感情をふくらませた。




 そのレギュラス・ブラックが私に接触してきたのは私が卒業する年に入ってすぐのことだった。

「あなたがディアの姉だね」

 視線で自分についてくるように言った彼が人気のない禁じられた森の近くまで誘導してきて最初に言った言葉がそれだ。

「ずっと前から知っているくせに白々しいものね」
「それは否定しないけれど。ディアは嫌いな姉がいることしか話してくれないもので、ずっと彼女を見ているあなたが、ディアが絶対に目を合わそうとしないあなたがそうなのではないかと思ってね」
「あなたのような人間がディアの名前を呼ばないで!」

 レギュラス・ブラックが私のかわいいディアの名を口にすることさえも吐きそうなくらいの嫌悪感が隠しきれず、思わず叫ぶように怒鳴った。これが城の中で話したことだったとしても、私は人目を憚らずに同じように声を荒らげていただろう。はあ、とため息が聞こえる。

「あなたもいい歳なのだから妹離れをするべきでは?」
「いいえ、ディアは一生私が面倒を見るのよ。ディアには私がいないといけないの」
「ひどいシスター・コンプレックスだ。こんな姉がいるだなんてディアもかわいそうに」
「あなたがあなたの兄を嫌っていることが私には関係ないように、私がディアを愛していることはあなたには関係ない。あなたが口を出すことではないわ」

 怒りを抑えきれない私と余裕を持ち続けているレギュラス・ブラックと、どちらが口で勝てるのかなんてわかりきっていて。応酬を交わした後には悔しく唇を噛む私となんともないような表情のレギュラス・ブラックがそこにいた。

「まあ、僕はあなたがどれだけディアにすがっても彼女はあなたに振り向くことがないと知っているからどうでもいいんだけれど」
「うるさいわ……だいたい、あなたはディアの大事な秘密があることなんて知らないでしょう?」

 きっとこれが言葉ではなく魔法での決闘や身体同士の戦いであったなら私は息も絶え絶えになっていたことだろう。そのせいで、言わなくていいことまでこぼしてしまった。
 はっと気がついて表情が引き攣る私の顔に、レギュラス・ブラックは怪訝な視線を向ける。

「大事な秘密? それは知らないな。もしかしてあなたから教えてくれるということか?」

 まさか、こんなことを言うつもりはなかったのに。私の手から離れていってしまったディアでも、私の愛する妹であることになにひとつ変わりはない。たかがボーイフレンドにディアの秘密など漏らすわけがない。

「言うわけないでしょう!」

 負け犬のごとく逃げ出すつもりはこれっぽっちもなかったのに、しかし今はレギュラス・ブラックの探る目から一刻も早く逃れたかった。走ってその場を離れて、レギュラス・ブラックが追いかけてくる気配はなく、その日から私は視界に入るたびに睨みつけていたその男から逃げるように、視線を背けていた。いつ迫られるかわからないから絶対にレギュラス・ブラックと同じ空間にいないようにしていた。
 けれど、クィディッチのシーカー様は私が教室移動や食事のタイミングで必ず私を見つけてしまう。ふと彼の視線に気づいてそちらを見やると、レギュラス・ブラックはじいと私を凝視している。ディアが隣にいて、彼女は私に気がついていないのに、あの男は他の生徒にまぎれようとする私を見逃すことなく見つめている。その視線を見つけるとすぐに私はその場から身をひるがえす。けれどそんなことをしてもレギュラス・ブラックから逃げられる気はいまだにしていない。
 なんなのよ、もう。そうは思いつつも、ディアに危険が及ばないか彼女を見つめるのをやめるなんてできない。高学年になって、来年には卒業試験の対策勉強が待ち構えて嫌だとこぼす同級生達を横目に私はただひたすらにディアに近づく悪しき輩がいないか見つめては早く離れなさいよと強く念を送っていた。そう、送るだけ。結局のところ、私はディアに嫌われるのが怖くてあの子の前に出ることができない臆病者だ。すでに嫌われているだろうという真実は、それでもディアを見つめることをやめない私の前には押しつぶされた。
 そんな隠れている私となにも知らないディア、そうして隠れてディアを見る私に温度のない視線を送るレギュラス・ブラック。そう、レギュラス・ブラックは忌々しいことにディアと健全かどうかは私も知らない付き合いを続けていた。ディアの隣にレギュラス・ブラックが鎮座するようになって今年で四年目にもなる。世間一般の平民のマグルではもう結婚を考え始めるくらいの間柄になっているらしいけれど、そんなこと許すものかと考える一方で、私はまぎれもない現実を知っていた。ディアがレギュラス・ブラックに向けているものは他のなにものでもない愛そのものなのだと。古い童話に出てくるお姫様と王子様がかわすような、けれど政略的に父と母が結婚したにもかかわらず互いを信頼をし合うよううな、そんな関係が垣間見えた。見えてしまった。だから、私は知っている。ディアとレギュラス・ブラックが愛を交わし合っているということを。



 ずっとそうあればよかったのに、世界は私達を許してはくれない。どこが情報源なのかはわからないが、スリザリン生をはじめとする純血主義の家の者達の間で噂が囁かれ始めた。

「ランカスター家の姉妹のどちらか、穢れた血なのですって」

 どうして我が家のトープシークレットが流れているの。ぶつける先の見つからない憤りが身体の中を渦巻いて、無性に当たり散らしてしまいたくなった。た幸いなことは、周りはディアではなく私を疑っているらしいこと、そしてこの噂をディアの前でするものはいないらしいことだ。

「ランカスター家に後継が生まれないから穢れた血でもなんでもいいから子供を迎え入れたのだろう」
「その後で妹が生まれてしまってさぞ悔しいことでしょうね。それがあれほど美しい娘なら尚更ね」
「レギュラス・ブラックと婚約秒読みの妹のディアナ・ランカスターとは違い、姉のクリスティアナの方は男がみな振り返るような見目はしていないからな」
「みな心の底で姉が穢れた血であることを理解していたんでしょうね」

 まあ勝手にいろいろと言ってくれるものだ。けれど、ディアのことを悪く言われていないのならぐっと言い返したい言葉を飲み込んで知らないふりだって簡単だ。かわいいかわいいディア。成長するにつれて最近はかわいさよりも美しさが頭角を現して、月の女神もかくやとみなが口に出す私の美しい妹。ディアのためならば、私が代わりに謂れのないことをどれだけ言われようが構わない。
 だって、ディアのためなのだもの。
 私ひとりで根も葉もある噂を対処するのはとても大変で、休み時間に廊下を通る時でさえ私のことが気に食わない生徒がこれ見よがしに私に聞こえるように私の悪口を声高に言い合い、大柄な男子生徒はわざと肩をぶつけては転倒する私を鼻で笑う。今まで仲のよかった生徒も私のことなど見えないように過ごしている。全く対応が子供なのよとなんとか周りを馬鹿にすることで自分も心を守ってなんとかノイローゼにならずに済んでいた。純血など全く気にしない生徒も、気にしない方がいい、なんて言ってくれはするものの身体を張って守ってくれることはなく、日々嫌がらせに耐えながら過ごしていた。
 だから、レギュラス・ブラックも私の存在などないように振る舞うのかと思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。

「なぜ言い返さないんだ?」
「うるさいわ。あなたには関係がないとずっと言っているのに」
「あなたはディアの姉上だから関係ないとは言わせないさ」

 私の噂なんて知らないかのようにそう軽く声をかけてくるレギュラス・ブラックにほんの少しだけ救われたような気分になるだなんて認めたくはないし、本人にも絶対に言ってやらないけれど、実際そうだ。

「なんであなたはあの噂を信じないのかしら」
「決まっている。ホグワーツに入る前のパーティで、父が取り落とした懐中時計を拾っただろう」

 聞けば、私が全く覚えていない記憶を引っ張り出してきたものだから、そうだとも違うとも言えずに黙って聞いていることしができない。

「我がブラック家に伝わる、当主が持つものだ。あれは純血、すなわち僕達が生まれるよりも前に純血であることを示した二十八の家系の血を登録している。あの中にない血が流れる者が触れれば懐中時計はその者を拒否し、害なす。あなたはそのようなことがなかったのを覚えている」
「なんなのよ、その闇の魔術にかかった代物は」
「だから間違いなくあなたは純血だ。それなのになぜ言い返さないのかと聞いているんだ」

 面倒くさいことになった、と内心で毒づいた。さすがは純血主義のかたまりの一族、不要なものを持っていて、それを記憶の片隅に覚えてもいるのだからさらに具合が悪い。そんなものなどなければ、そうしてレギュラス・ブラックの頭の回転がよくなければこんなことにはならなかったのに。
 じいと私を見つめる灰の目をなんとか悟られないようにと心を閉ざして突っぱねるように見つめ返していると、レギュラス・ブラックの目の下の黒い隈に気がついた。まるであまり眠れていないかのようで、話題を変えるためにも口を開く。

「それよりあなた、その顔。ひどいわよ」

 そんなことを言われたのに驚いたのか、レギュラス・ブラックはほんの少し、でも少し離れた場所にいる私にもわかるくらいに目を開いて、ああ、と目頭の下を指でなぞる。

「少し考え事をね」
「将来の進路かなにかかしら? 考える必要なんてないでしょうに」
「別のことだ。……少し聞きたいことがある。愚問だろうが」

 瞬き数回繰り返すほどの短い時間、レギュラス・ブラックは迷う子供のような表情を見せた。しかしそれは決意を固めつつある顔に様変わりした。

「あら、内容によっては黙秘権があるならね」
「ああ、多分答えるだろうことだ。あなたなら、なんというか気になるから」

 あなたの大事な人……まあ考えるまでもないな。ディアで考えてくれればいい。あなたにとって大切なディアが、ディアとは別のあなたが敬愛する人物に傷を負わされた。そんな時、あなんたはどうする?
 レギュラス・ブラックのその問いは本当に彼が言った通りに愚問そのものであった。どうするかなんて決まっている。

「そんなの当然でしょう。ディアを害したその者に報復を」
「……ああ、そういうだろう。あなたならば」

 私がこう言うのを知っていたなら最初から聞かなければ時間の無駄にはならないのに。そう言いたかったけれど、なにか決心したような面持ちのレギュラス・ブラックの顔を見たらなにも言えなくなってしまった。彼の後押しになってしまったのなら悔しい気持ちも湧くだろうけれど、そんな気は全くしなかった。
 少し思うところもあり、ローブのポケットからディアと私が写った一枚の写真を取り出してレギュラス・ブラックに差し出した。いつもディアの写真を持っているなんて気持ち悪いと言われる覚悟はいつでもあるけれどそれは知らないふりをしておく。かわいいディアの幼い写真を見た彼がまたディアの可憐さに気づいてしまうだろうことは気に食わないけれど、今私が持っているものはこれしかない。

「僕に、これを? なにかの褒美なのか?」
「うるさいわね。私だって不本意ではあるけれど……なんだかあなた、とんでもないことをしでかす気がしたから。あなたになにかあったら悲しむのはディアなんだから、危険な目には遇わないようにっていう願掛けよ。濡らしたりしたら私が死んでもゴーストになって化けて出るから」

 本当に、本当に心の底からあげるつもりはなかったのだけれど、しかたがない。強張っていた表情が解けるように緩まりながら写真を手にとるレギュラス・ブラックは、本当にディアのことを愛しているんだなと改めて感じた。そう確信を持ったからこそ、これを渡したのだけれど。
 それに、ブラック家にはとんでもない懐中時計があるように、我が家には我が家の『とんでもない魔法』があるのだから。これを私が使う機会はこなければいいのにとは願っている。


 それなのにレギュラス・ブラックは、隈の次は思い詰めたような顔をして、ディアに心配なんてかけさせているようだ。なんでもないの一点張りで、そんな言葉で心優しいディアがそうなのねと心配を緩めることなんてあるはずないのに。月の女神よりも美しくなりつつあるディアの顔を曇らせるだなんて許されることではない。なんて男だ、と思いながらもディアと仲睦まじそうに歩いているレギュラス・ブラックに、ふと気づけば数年前のような殺意はなくなっていることに気づいた。ディアを泣かせても、ディアにとって世界で一番好きな人はレギュラス・ブラックなのだ。ディアに嫌われた私はどう足掻いたってその場にはいけない。
 どうしたらディアに嫌われずに済んだのだろう。両手の指では数えきれないほど考えていた。嫌われたきっかけは私が過干渉したから? でも私がディアをなにかの拍子に嫌っていたらきっと誰かにディアの出自をリークしていたはず。嫌がらせだってするかもしれないから、それもディアに嫌われていただろう。今のままディアを好きでいたら、絶対に私が守らなきゃとやはり不要なくらいにディアに干渉していたに違いない。でもディアのかわいさからしたら、ディアに興味を持たないことは絶対に無理。どうしたって私は私の月の女神に嫌われる運命だったのかしら、そう考えるとこうしてディアを見守り続けているのも馬鹿らしくなってきて諦めそうになってしまう。私がディアに姉として愛されたいわけではなく、ただディアの幸せのために、私がディアを愛しているから見守っていたのに、これでは本末転倒だ。
 実際、ディアは私の助けなんてなくても最初から自分の足で立っていた。自分自身で生きていけていた。私がディアのためを思ってしていたことは、なにひとつ意味のないものだった。

 ディアに必要なのは私ではなく、もう何年も前からレギュラス・ブラックだった。




 それはクリスマス休暇の真っ最中だった。例年になく雪と風が激しく、仕事のない者はみな外になど出ることもなく自宅で家族もしくは恋人もしくは友人、そしてひとりで過ごす以外にない、そんな日だった。
 どうしてか朝から胸騒ぎがして、いつも杖は肌身離さず持ち歩いてはいるけれど、その日は特にずっと手に持ったままでいた。同室のクラスメイトからもなぜそんなことをしているのか聞かれても嫌な感じがするからとしか言いようがない。まさかね、とは思っていたが、ただ、覚悟はできていた。
 
 ディアと私が写った写真にかけた魔法が発動した、と思った瞬間に、クリスティアナは見知らぬ、というよりも人生で目にするかどうかというほどの薄暗く足場の悪い洞窟に瞬間移動した。

「きゃあ!」
「うわっ!」

 悲鳴をあげるのと同時に私の下にいる誰かがつぶれた蛙のようなおかしな声をあげた。このような場所にいる人間なんてひとりしかいないのだけれど。魔法による瞬間移動をした結果、私は洞窟内を歩いていたレギュラス・ブラックの真上に到着したらしい。重力に従って私はレギュラス・ブラックの上に落ち、彼は見事に私に押しつぶされたというわけだ。そんなに重いわけではないはずなのに、レギュラス・ブラックはうめいて数秒の間動かなかった。

「どうして、あなたがここにいるんだ」
「なんでそんなに怒っているのよ」
「当たり前だろう。あなたがここにくるなんてこと想定外も甚だしい。それにあなたのせいで僕の身体はへとへとだ」
「それはごめんなさいね。でもあなたが悪いのよ。こんな、危険なところにいるなんて」
 
 服についた細かな石やほこりなどを払いながら、そういえば、とレギュラス・ブラックは私の顔をまじまじと見る。ここでこうしていても拉致はあくはずもなく私と彼は洞窟を奥へと進んでいくことにした。

「あなたは、どうしてここに」
「魔法よ。あなたが危険なことをするんじゃないかと思って、ディアの写真にかけたのよ。我が家に代々伝わる秘密の魔法をね」

 はっと気がついたレギュラス・ブラックは胸ポケットに入れていた写真を取り出して、それと私とを交互に見る。レギュラス・ブラックがディアの写真を置いていくんじゃないかと思ったけれど、どうやら彼はずっと持っていたらしい。

「あなた、さっき出血したでしょう。この写真を持っている者が身体に傷を負った時に私が転送されるような魔法よ」
「あなたの家にはよくわからない魔法が伝わっているということはわかったよ」

 いつもの調子を取り戻したレギュラス・ブラックは暗に使いにくい魔法だと言っているが、それは当然だ。だって私はこの魔法が発動した直後のことは今言ったけれど、その後のことは言っていないのだから。これだけではこの魔法は完了していないのだから。

「まあそんなことはどうでもよくて。あなたはこの場にはかなり邪魔だ。わざわざ僕の身を案じてきてくれたのはいいけれど、さっさと帰ってくれ」
「いやよ。だってあなた、これからもっと危険なことをするんでしょう。馬鹿なことをしていないで帰るわよ」

 そんなことは私にだってよくよくわかる。レギュラス・ブラックが負っている傷は杖を握っている利き手とは逆の手から多くはないが少なくもない出血を伴うもののみで、これだけでなんなく終われることを彼はしていないだろうから。
 噂には聞いていた。ブラック家の次男が例のあの人を崇拝していて、死喰い人になったことを。しかし最近の彼はずっと悩んでいる様子であり、そのことと以前レギュラス・ブラックが私にしてきた質問から理解した。彼は、例のあの人を裏切るために危険を冒しているのだと。
 図星を突かれたレギュラス・ブラックは暗闇の中でも目を丸くしているのはわかる。しかしその後にすぐ観念したようにため息をひとつついた。

「ああそうだ。きっとここで僕は死ぬ。だからあなたはさっさとひとりで帰るんだ」

 ふいと視線を外して、私と視線が合わないように目を伏せながらレギュラス・ブラックはつぶやいた。彼の少し後ろを歩く私にもしっかりと聞こえる声だ。この男はなにを言っているのだろう。

「馬鹿にしているの?」

 頭のどこかでリミッターが外れる音が聞こえた気がした。歩みをすすめていたレギュラス・ブラックの手首をつかみその場で立ち止まる。必然的にレギュラス・ブラックの足も止まった。
 ちょうどそこはこの洞窟の最も深いところだったようで、レギュラス・ブラックの肩の向こうに湖でもあるのか水面が風もないのに揺れている。

「なにを、」
「ディアは私なんて必要としていないわ。ディアが必要としているのはあなたよ、レギュラス・アークタルス・ブラック。あなたがいなければディアはこの先どうして生きていけると思っているのかしら」

 己の身を投げ打ってでも、という気持ちが伝わってきたが、私は闇の帝王をそこまで憎んでいるわけではない。ただ、その男の行いが回り回ってディアに死をもたらすのなら、それは私の敵である。けれど、ディアにはレギュラス・ブラックが必要なのだ。闇の帝王を倒すことでレギュラス・ブラックが死に至るのならば、その選択は最もディアを傷つける。そんなことを私が許すものか。

「あなたは生きるの。生きて、一生をかけてディアを幸せにしなさいよ。それがあなたにしかできないことだから。私にはそれができないの」

 認めたくはなかった。決してそれを認めたくなくて、それを本人に言うなんてことはもっと嫌で。それでも、今ここでレギュラス・ブラックに言わなければいけないと直感が働いてしまったのだからしかたがない。認める以外に私ができることはなにひとつないのだ。

「レギュラス・ブラック、あなたはディアの秘密を知ってもあの子を愛してくれるのかしら?」

 だから私は彼に問いかける。全てを知る覚悟はあるのかと。

「秘密? ……ああ、そういえばあなたはディアに秘密があると言っていたね」
「ええそうよ。あなたがこの先ディアと生きていくのなら、あなたはこのことを知らずにいることは決して許さない。もしこれを聞いてあなたがディアを拒絶するのなら私はあなたの頭からディアに関する記憶を抜く。加減ができなくてあなたを廃人にしてしまうかもね。……それでも、」

 ぐっと一瞬、息を殺し、また口を開く。

「それでもあなたがディアを愛し続けてくれるのなら。私はあなたを認めると公言するし、父上と母上にもあなたを認めてもらうように口をきくわ。あなたが望むのなら私はあなたとディアの前には二度と現れない。だからお願い、あの子を愛していて」
「…………そんなの、話を聞いてからでないと僕が争うかもしれないじゃあないか。あなたのその言葉に疑問を抱いて、ディアへの気持ちも揺らいでしまうかもしれない」
「あなたがそうしないという確信があったのからかもね」
「なら、僕にそれほど切羽詰まった顔をして絞り出すようにいうことはないと思うけれど」

 今の私はそんなひどい顔をしているのかしら。もうこんないつ死んでもおかしくないような場所で威勢を張っていてもしかたがないのに、どうしたって私は彼に反発してしまう。

「なら、ここで答えて。ディアはマグル生まれの魔女よ。あなた達が蔑んでいた穢れた血の魔女よ。あなたはそれでもディアを愛しているの?」

 私の問いかけの声が洞窟内に響いて、その後は私もレギュラス・ブラックもなにも言わず動きもしなかったから、遠くに私の残響がわんわんと聞こえるだけだった。

「……あの噂。覚えている? あれ、本当だったんだ」

数秒か、はたまた数分経ったのか。時間の感覚も手放してしまうようなこの場所で、先に口を開いたのは彼だ。

「私の家にマグル生まれの魔女がいるって話でしょう? そうよ。どこからもれたのかはわからないけれど、私ではないなら答えはひとつしかないものね」
「少しだけ、考えたことはあった。あの噂が本当で、でもあなたが純血の魔女であることは僕は確信がある。ということは、どういうことなのか」
「……そう。その時は、どうするつもりだったの?」

「それでも、父が持っている懐中時計を触ることがなければディアはそう発覚することはなかったのだろうな、とは思った。今まであなたがそうしてきたように」

 だから、あなたはあれほどまでにディアに過保護であったのか。全ての、ディアの秘密を暴こうとするものから守るために。
 今までの私の行動が理解されてしまったことに、どうしてか私は奇妙だけれど確かな安堵があった。もしかしたらきっと、ずっと私が空回りして無意味だったけれどディアを守ろうとし続けていたことを誰かに知ってほしかったのかもしれない。認めてもらわなくても、私の行動が確かに存在していたのだ、私は確実にそこにいたのだと証明したかったのだろう。

「クリスティアナ・ランカスター、これまでディアを守り続けてきてくれてありがとう。これからは、僕がディアを守る」

 私の生きる目的を認めてくれて、これからはディアを守ってくれて。そうして、これから死にに行こうとしていたのにディアを守るということ、すなわちこれから彼は生きていく意思を見せたこと。私の生きていた目的を全て代わってくれたことがもしかしたら世界で一番嬉しく思ったことかもしれない。

「……ありがとう。そういえば、あなたがここにきたのはなにを目的としていたの?」

 だから、私がレギュラス・ブラックの荷物を背負ってもいいはずだ。
 現代の魔法使いは杖を用いて魔法を発動することを主流としているが、繊細なコントロールさえ可能であるなら別に杖を使わなくても魔法を使用することはできる。今私が彼にかけているのは、かけられた対象が認知しないで正直にものを答えさせるものだ。禁術に近いこの魔法は魔法省の闇払い達にばれたらすぐに制約をかけられるに違いない。けれど、ここでレギュラス・ブラックの代わりに死ぬかもしれない私にはほとんど関係ないだろう。

「この先にある場所で、闇の帝王の魂の欠片の宿ったものがそれは大事に保管されている。それを奪い、死んででもダンブルドアに渡すことだ」
「そうなのね。ダンブルドアに渡すのは頼むことにするわ」

 私の操り人形となっているレギュラス・ブラックとともに私は罠かもしれないが設置されている小舟に乗り、その例のあの人の魂があるという場所へと向かった。私は魔法でここに飛んできたからいいのだけれど、どうやらここは周りに他の島のひとつも見つからないような無人の島の洞窟らしい。そんなところに大事にしまっているだなんて、例のあの人も小心者だ。
 小舟で上陸した小さな島のような場所は思っていたよりもずっと狭く、たったひとつ水が入った水盆があるだけだ。その水が曲者で、私は生気の半分を失いながらもディアのためだと生命をかけてそれを飲み干したのだけれど。

「ああ、これがそのロケットだ。だからそれをこれと取り替える」

 そう言ってレギュラス・ブラックから受けとった、ひとつの鎖のついたロケットをポケットから取り出した。どうやらこれが偽物のそれらしい。それを水盆の底に間違いなく落とすことができたのは運がいい。なぜなら私はもう力が入らず、それを拾い上げてもう一度入れることはできなかったから。
 レギュラス・ブラックはすでにここにいない。私が再度彼の持っていた写真に以前かけたものと対になる魔法を施して、本物のロケットを取り出してからすぐに送り返したから。レギュラス・ブラックにかけた魔法も数時間後には消えるだろう。それまでに誰かにばれないといいけれど、もうそんなことは考えていられない。ただ、私の頭はたったひとつ、清々しい思いで満たされていた。

 レギュラス・ブラック、あなたがやろうとしていたことは私にできたのよ。その思いでいっぱいになって思わず口が緩んだ。ああ、笑うのなんて何年ぶりだろう。ディアを守らなきゃという使命感からずっと余裕なんてなくて、もしかしたら最後に笑ったのはディアが入学してくる直前だったかもしれない。
 これでディアは幸せに生きていけるし、ブラック家も純血こそ失われるけれど末の息子は生き延びて後継は生まれるわけだし。あの面倒な懐中時計だってレギュラス・ブラックがなんとかして偽物とすり替えてくれるだろう。今回みたいに。これで、私が思い残すことなんてひとつもない。
 とてつもない安心感が私を包み込んで、ほっとした私は立っている足も、ロケットを握っていた手も、平衡感覚も全てを失って。


                    
 そこが私の最期だったと思ったのに。目が覚めた私の視界に最初にうつったのはどこかの部屋と思われる場所の天井だった。どこかのベッドに寝ているようで全身が毛布に包まれていて、手足は冷えているのにほんの少しだけあたたかい。死んでるのに目が開く感覚があるなんておかしいな、と思っていたがぼんやりとした思考が明瞭になってくるにつれてだんだんと理解が追いついてきた。
 私、死んでいない。
 ベッドからゆっくり手を出し、ぐっと握ってから力を緩める。問題なく身体は動かせるようだ。
「あらまあ、目が覚めたのですか!」
 少しして、巡回にきた若い女性の愈者が私の起床に気がついて、誰かを呼びにいったのかはたまたなにかをとりにいったのか病室に入ってきた途端にまた出て行って騒々しい。なんだか疲れがひどく、ベッドから身体を起こすのも大変で、私は早々に諦めてベッドに全てを預けた。
 どうして私は生きているんだろう。私はあのままあそこで朽ち果ててしまうかと思ったのに。考えても答えは出ないままで、もう考えることもやめて眠ってしまおうかと思ったその時。
「お姉様!」
 世界で一番愛しい人の声が聞こえた。
「ディア、もう少し落ち着いて」
「いやよ! お姉様が死んでしまうところだったのよ、早く確かめて……ああお姉様、本当に生きているのね」
 大きな音を立ててはじめにディアが飛び込むように、そしてその後ろからレギュラス・ブラックが病室に入ってくるのが見えたところで、私はディアに飛びつかれた。
「お姉様ぁ……」
「ディア、クリスティアナがつぶれてしまうよ」
「なにを言っているの、ディアは綿よりも軽いわよ」
 ぐずぐずと毛布越しに私の腕の中で泣いているディアの頭を慌てて撫でて抱きしめた。
「お姉様、どうしてこんなに私のために動いてしまうの。私は私で生きるから、お姉様はお姉様のために生きていればよかったのに。どうして私がお姉様にひどいことを言った後も私のためにってなんでもしようとしてしまうの」
「……ディア。私が今でもこうして学習しないであなたの周りにいたことを怒っていないの?」
「怒っているわよ! でもお姉様が死にそうになる方が嫌よ、別に死んでほしいなんてわけじゃあないのだもの」
 子供をあやすように頭を撫でていると、レギュラス・ブラックが閉めたはずのドアが再び開いて、愈者が入ってくるのかと思っていたのにそこから入ってきたのは父と母だった。
「クリスティアナ!」
 つい先ほどのディアと同じようにベッドへ駆け寄る母と、二歩ほど離れた場所からじいと見つめる父の姿は二度と見ることもできないのだと思っていた。どれほど私のしたことが父と母に伝えられているのかはわからないけれど、きっと怒られてしまうのだろうと考えていたのに。
「クリスティアナ、お前のしたことはわかっている。どうせディアのためにとこのような無茶をしたのだろう」
「……よくわかっているじゃない、父上」
「ああ、最初からわかっていた。お前が我が家の秘匿されている魔法を使うのならば、お前の欲のためではなくディアに関わることだろうとわかっていた。それを私はずっと心配していた」
 じいと覗き込むように見つめる母に、真顔を崩さない父。いまだに涙を流しているディアと、父と似たような顔のレギュラス・ブラック。急に罪悪感がどっと押し寄せてきて、ぽろりとこぼれたのは本心そのままの謝罪だった。
「心配させて、ごめんなさい。父上、母上、ディア、」
 そこで一度言葉を切って、顔ごと視線をレギュラス・ブラックに向ける。彼はじいと真顔で私を見ている。
「レギュラス・ブラック、あなたも私を心配していた?」
「当然じゃないか、僕の代わりにあんな場所に行くだなんてどうかしている」
 怒ったような、それでいて淡々とした声が私に心配していたのだと訴えてくる。そうしてはっきりと確認する。彼を拒絶していたのはただクリスティアナひとりだけで、彼は最初からクリスティアナを嫌ってなんかいなかった。
「……あなたにも、言わないとね。ごめんなさい」
「大事に受けとっておこう」
 最後まで彼は私にとって嫌なやつだけれど、それでも過去のような嫌悪はなかった。本当に私の中で吹っ切れたということらしい。
 全ての精算が終わったとばかりに、父がちらりと病室のドアに視線をやってから口を開いた。
「レギュラス君を、我が家に引き入れる。彼も同意の上のことだ」
 それは私以外はみな知っていたようで、本当に私に言うためだけに彼らはここにいるのだとわかった。かくいう私も、いずれはそうなるだろうという確信があったから、そう驚くことではない。
「それは……そういうことなのですね」
「ああ、そうだ。レギュラス君もディアの秘密を守る者となる」
 父の言葉に、そう、と息を吐き出すように軽く返事をした。
「なら、これからもしっかりとディアを守りなさいよ」
「言われなくても」
 ディアを守ってほしいと願いながら背を見つめるだけに終わると思っていたのに、まさか彼と肩を並べる、本当の家族になるとは思っていなかった。彼が一緒にディアを守る者となってくれたことは本当はとても心強いと思っている。
 こんなことは癪だから、絶対に言ってやらないけれど。




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