悪夢を食べる獏のようね


 目の前を歩く赤毛の女性があまりに思いつめた表情をしていたものだから、久しぶりに実家に向かっていたオリビアはどうしても気になってしまった。その女性はオリビアと同じくらいの年齢で、はっきりとした顔立ちをして美人だった。ほんの少しだけ服のセンスが時代遅れだなと思ってしまったけれど、他人の服の趣味に口を出すことはない。そもそも見ず知らずの人間なのだから口に出すこともない。
 その女性は買い物をしているのにどこか別の場所を見ているようで、風が吹けば倒れてしまいそうな儚さをかもしだしていた。

「あの、大丈夫?」

 つい声をかけると、大丈夫、なんて声は返ってくるけれど、明らかに大丈夫ではなさそうだ。
 まわりはハロウィンに浮かれているのに彼女のまわりだけが異質な空気をまとい、自分以外の誰も彼女のおかしな様子に気がついていないように見える。結局何も買わずに店を出た彼女があまりに心配で、オリビアもそっとついていった。別にストーキングではなく、彼女が自殺でもしでかさないかと思っただけだ。

 彼女はその街──街と言ってもせいぜいが栄えている村程度なのだけれど──から出て、人気の少ない土を固めただけの道を歩いていった。
 彼女についていくうちにオリビアはそのおかしさに首を傾げた。この先にあるのはオリビアの実家がある村だけだが、彼女の顔に見覚えがないからだ。
 生まれ育った田舎の村はみな顔見知りで知らない者はほとんどいない。若者はみな村から出て、結婚などを機に戻ってくる人数はこの御時世にはいないといっていい。オリビアの親ほどの大人がほとんどの村に、彼女はなんの用でくるのだろうか。オリビアの生まれ育った村になるものなんて民家と肉屋、そして教会くらいのものだ。そんな辺鄙な場所にくる理由がオリビアには思い当たらない。ちょうど実家に用があったのでオリビアはここにいるが、彼女はそういうこともないのではないだろうか。
 そっと息を殺してある程度の距離を保ってついて行った先は村ではなく、村から少し離れた谷のようだった。そこには行ってはいけないよ、と昔から言われていて、実際に行った人は誰もいないその谷に向かって彼女は進んでいく。しかしその足取りはふらふらとしておぼつかない。このままだと倒れてしまう。そう感じたオリビアは彼女の前に飛び出るように姿をあらわした。こどんどん先に進むと、村に戻るものも戻れなくなるからだ。

「ねえ! あなた、本当に大丈夫なの?」

 近づくと、彼女の顔が真っ青になり脂汗が浮かんでいるのがよくわかった。息も荒くなっていたような彼女はオリビアを見た、と思ったがそのまま急に意識を失った。

「うそ、しっかりして!」

 身体を揺らして起こそうと思ったが、彼女の体調がこれ以上悪くなるかもしれないということを考えると強くはできず、かといってその谷に近いところにずっといることもできず、結局オリビアはその女性を背負って村への道を歩いた。女性が華奢な体格であるのと、オリビアの背が高かったことが幸いしてオリビアは途中で行き倒れることなく実家へ辿り着くことができた。

「オリビア、どうしたのさその人は!」

 実家のベルを鳴らすと、母が玄関から出てきてその背にいる女性に驚いた。

「道で気を失ってしまって。どうしようもないから一番近いここに連れてきたの」
「あらまあ、ひどい顔色だよ。かわいそうに。奥のベッドに寝かせておやり」

 女性の顔を覗き込んだ母の言う通りに、ほぼ使われていない客間のベッドに彼女を横たえた。ひどく苦しそうな彼女の表情は緩まない。彼女の頬に手を当てると熱い。熱があるようだから冷水で濡らしたタオルで額や頬を冷やそうと、部屋を出て行こうとした時、後ろから声が聞こえた。

「オリビア、お客さんかね?」
「おばあちゃん」

 そこにいたのはオリビアの祖母で、その姿を見ただけでオリビアは安心した。昔から祖母の手にかかればひどい風邪も治ってしまったからだ。祖母の手は魔法の手だと幼い頃から信じていた、少し謎めいた人だ。

「近くの道で倒れてしまったから連れてきたの。なんだかつらそうで、どうしたらいいのかな」
「近くの道、ねえ。とりあえず、オリビア、あんたはそのままタオルを濡らしてきな」

 ああ、祖母の手にかかればもう大丈夫だ。安堵感が胸いっぱいに広がって、気分が少し上昇してくるのを感じながらオリビアは部屋の外へ出た。
 けれど私、タオルを持ってこようとしていたことを話したっけ?
 ふと疑問が頭によぎったが、いつもの不思議な祖母のことだからとすぐにそれは消え去った。

 タオルを持って部屋に戻ると、赤髪の女性の顔色はだいぶよくなっていた。この短時間に祖母はどんなことをしたのだろう。絶対に祖母は処置するところを私たちには見せないからどんなことをしているのかはわからないけれど、それでもこの女性は少しは楽になったのだろうと思うと、自分がそれを知らなくても別にいいと思える。

「とりあえずはこれで様子見だね。オリビア、この人の知り合いの連絡先を探してくれ。ご家族が心配しているかもしれないからね」

 祖母はそう言って部屋を出ていった。きっと彼女の自室へ戻り、いつものように彼女に懐いている猫と話をするのだろう。
 そうしてそこに残ったのはオリビアと名も知らぬ女性だった。祖母の言う通り、彼女の家族が心配しているかもしれないことを考えると早く連絡を入れないといけない。ただ、それには彼女のバッグを漁らないといけないのだけれど。彼女に申し訳なさを感じつつ、彼女のバッグの中を探す。
 彼女の持ち物はとても不思議だった。彼女の財布は二つあり、ひとつはよく見なれた中身であったが、もうひとつはオリビアの知らない硬貨が入っていた。それも、金のコーティングではなさそうな硬貨も入っている。少なくとも、高校でヨーロッパの硬貨を見たことのあるオリビアの知らないものだ。おもちゃだろうかとも思ったが、それにしては本物の硬貨のようによく使い込まれている。
 ともかくとして財布には連絡先は入っていなかったが、よくわからないファンタジックな本にひとつの連絡先が書かれたメモが挟まっていた。どこにつながる電話番号かもわからないが、かけてみる以外に選択肢はない。母に一言それを伝え、オリビアは家を出て村長の家へと向かった。この辺鄙な村に唯一ある電話があるのは村長の家のみだからだ。
 村長へと断りを入れて電話を借りた。村長と祖母は歳が近く仲もいいため孫であるオリビアも可愛がられてきた自覚があり、気軽に話しかけられるので臆することもなかった。
 ダイヤルを回して、受話器の向こうの反応を待った。ほどなくして若い男性の声が聞こえてきた。どこか焦っているようで、やはり彼女を心配していた人がいたようだ。

「聞こえてますか? あの、この電話番号を持っていた赤い髪の女性が気を失って倒れてしまって、それで電話をかけたのだけれど……」



 電話の向こうの男性が現れたのは、それから一時間も経たない頃だった。数年前に最も近くにあった気動車の路線が廃止したため、実質的な交通手段が限られている中でこんなに早くここまでこられるのだから、やはり近くに住んでいる人なのだろうか。けれど車ではきていないようだったから、やはり隣街から徒歩できたのだろう。

「妻がここにいると聞いたのだけれどっ」

 やってきたのは数人の男性だった。他人の家に上がることを申し訳なさそうにしている人ととんでもない美形が夫でないことがわかったのは、もう一人の櫛でとかしたこともないかのようなくしゃくしゃの黒髪と、かけている野暮ったい丸眼鏡が若い男性に珍しく似合っている人が他の二人の比でないほどに焦っていたからだ。もう二人は付き添いの友人だろうか。そして夫と思われる人物は一人の幼い子供を腕に抱えていた。女性との子供だろうか。まだ歩けるかどうかくらいの年齢だ。

「ええ、まだ目覚めていませんが上がってください」

 三人の男性と赤ん坊が家に上がることを母に伝えて客間までの道を案内した。客間のドアを開けると赤髪の女性はまだ眠っていたが、彼女の夫は少しだけ安心したようだった。

「妻を保護してくれてありがとう」
「いえ、私は本当に保護しただけで、看病してくれたのは祖母ですから」
「そうか、あなたの祖母上にも礼を言わないと。……それと、申し訳ないのだが妻の体調不良の原因がわからなくて。あなたの祖母上ならご存知だろうか」

 オリビアにも彼女の体調不良はわからないのだが、祖母を呼んでくるか迷った。

「心労が祟ってしまっていたようで倒れてしまったみたいだよ」

 部屋にいきなり声が聞こえて、部屋のドアの方を振り返るとそこには祖母の姿があった。女性の夫とその友人達は驚いているようだが、祖母はいつも神出鬼没なのでオリビアを含めた家族はそう驚くことはない。

「まるでこれから何か大きなことを乗り越えなければならないかのようにね。かわいそうに、唇を噛んで顔色なんて真っ青だったよ」

 祖母は寝ている彼女のそばまで歩いて行くと心からいたわしそうに彼女のつややかな赤い髪を撫でた。

「今日は一晩こちらで寝かせておやり。明日になれば帰ればいい」

 オリビアもそれは名案だと思った。なぜならもう外は日が落ちて真っ暗で、村の中なら多少の明かりはあるものの村の外は晴れていても月と星の明かりがたよりになるくらいに真っ暗だからだ。
 しかし慌てたのは彼らの方だった。

「そんな、これほど世話になったのにこれ以上手をかけられるわけにはいかない」

 彼らはそんなことを言い出し、まだ意識のない彼女を抱えて帰ろうとしたのだ。だがこんな状態の女性を外に出せるほどオリビア達は血も涙もないわけではない。
 いくつかの押し問答を繰り広げた後、決着をつけたのは祖母の一言だった。

「あんたはあんたの奥さんにそんなに無理をさせたい非道な夫なのかい? 赤ん坊も怖がるだろうね。いいから寝させてやりな」

 それほど大声を出していないにもかかわらず凄みのある祖母には成人男性三人でも勝てないらしく、結局彼らはオリビアの家に泊まることとなった。どうしてか友人二人は外をしきりに気にしているようで、四人が入るには狭い客間だが全員その部屋に入るようだ。ベッドはないが、それでもいいと言う。

「好意に甘えて申し訳ないですが、よろしくお願いします」

 一番表情のやわい男性が母と祖母に頭を下げる中、その後ろでこそりと話す美形と旦那。

「なあ、今からでもここを出た方がいいんじゃあないか?」
「それはそうだけど、向こうが結構かたくなじゃなあ……」

 じろりと祖母が視線を向けると二人はびくりと肩を震わせて、罰の悪そうな顔で口を閉じた。そうして四人は朝になるまで我が家の客となった。
 夕食はいつも母が三、四日分ほど一度に作っているのだが、今日がその料理の日でよかったと思った。成人男性が三人も集まって食事ができるほどのビーフシチューがなくて客人に食事抜きということもできず、自分たちが食べられないということもなかったからだ。聞けば、客間のベッドには女性、ベッド際に夫、壁に友人二人が眠るらしい。彼らの子供もどこからとりだしたのかキッズフードを食べさせていて、泣き叫ぶこともないよい子供だった。食べた後はすぐに眠ってしまって、その子は母親と同じベッドで寝かせることとしたようだ。

 オリビアが寝る直前にも女性は目覚めなかった。祖母曰く精神的なショックを受けたのだというけれど、心配なものには変わりがない。なんとなく自分だけが実家とはいえぬくぬくと眠る気にはなれなくて、リビングルームのソファに座った。ハロウィンの夜は村も騒がしくはないが日が変わるまで明かりが灯っていて電気を消しても明るい。祖母も母もとうにベッドに入った。眠っていないのはきっと自分だけだ。
 身体が寒くなってきたからホットチョコレートをいれて、飲むこともせずにカップを持ってじいと動かず、ただそのあたたかさを感じていた。少しずつホットチョコレートを飲んでいくうちに身体はあたたまり、代わりにカップの中は冷めていく。残してしまうと冷たくなってしまうからと、ぐいと一気に残りを飲み、そこに溜まったチョコレートの甘苦さに顔をしかめた。苦い。けれど音もなく忍び寄ってきた眠気が急に襲ってきて、オリビアはソファに横になることしかできなかった。



 目の前で何かが爆発して、道路を歩いていた私はびっくりして立ち止まった。スニーカーの紐がほどけて結び直している間に両親が先を歩いていて、早くきなさいよと振り返った二人が爆風で吹っ飛ぶように転倒するところがやけにゆっくりと見えた。

「え……?」

 まわりの喧騒がどこか遠くに聞こえ、めらめらと上がる炎がゆらめいて私を笑っている。コンクリートの地面には父と母がぴくりとも動かずに倒れ伏しているだけで、ただ私は助けもできずにそれを見ていた。
 爆風で飛ばされた腕に何かの破片がかすったらしく、手の甲に血が滲んでいる。けれど私の怪我と言えるものはそれくらいで、それなのにどうして父と母は起き上がらないの。
 男性の怒号が、女性の悲鳴が聞こえてきてようやく私ははっと我にかえった。

「父さん、母さん!」

 発狂したように二人に駆け寄って抱き起こそうとすると、二人とも意識を失っているようで反応ひとつ返さなかった。けれど身体はあたたかいし心臓も動いていることを確認して、きちんと生きていることがわかって安堵した。けれどまわりの惨状を見渡して途方に暮れてしまった。
 ひっくり返る車、両親と同じように倒れている人の姿。ショーウィンドウのガラスは粉々に砕けて、消火栓は重要な栓の部分を爆発で失い本来の役割を果たすことなく全方向に水を撒き散らしている。まさに地獄の様相をあらわしていた。

 なに、これ。呆然とした頭は全然回ってくれなくて、ただただ空に上がる黒の煙を見つめていた。



 ひどい夢を見た。そう寝覚めに思って目を開いた。ぼうとした視界がだんだんとピントが合ってくると、間近に一人の男がいた。悲鳴をあげる寸前で彼が今夜の客であることにぎりぎりで気がついて慌てて自分の口を手で押さえて家中に悲鳴が響くことは避けることができた。

「君、大丈夫かい? なんだかうなされていたみたいだけれど」

 野暮ったい丸眼鏡の向こうから覗いてくる目が心配そうだ。頭が冴えてくるまでには時間がかかる。その間オリビアは「悪夢……悪夢……?」とただ頭の中で反復していた。彼の言葉の意味がわかると途端に全身に汗をかいていたことに気がついた。汗が冷えて肌寒く、ぶるりと一度身体を震わせる。

「あ、りがとう……なんだか変な夢を見てしまって」
「何か羽織った方がいい。風邪をひかないようにして。それで、変な夢って?」

 ダイニングルームの椅子にかかっていた毛布をかけてくれた彼は、オリビアの向かいにあるソファに座り、ソファの前のテーブルに置いていたマグカップを差し出した。中には寝る前にいれたホットチョコレートが半分ほど残っていて、口をつけるとまだ少しあたたかかった。それを飲み干すといくらか身体の震えはおさまった。

「それよりも奥さんとお子さんは大丈夫なの?」
「友人が見ていてくれているから。それよりも君がうなされていることに気づいてしまったから放っておけなくて」

 彼にうながされるままに、先ほど見た夢の話をする。

「まだ自分が小さい頃のような夢で、街を歩いていた時に、事故があって。父さんと母さんが、巻き込まれて、それで、」

 話をしていくうちに自分の中でも話がまとまっていく。

「私がそれを呆然と見ている、そんな夢なの。おかしいでしょ、事故なんて起こったことなんてないのにこんなに鮮明だなんて」

 心配しないでほしくてオリビアはおどけたように笑った。けれど彼は神妙な表情を緩めてくれない。

「事故、か……。その夢に出てきたのは君の父君と母君と言っていたけれど、父君は今どこにいるんだい?」

 聞かれたのは思いもしていなかったことで、一瞬何を言っているのかわからなかった。

「……ええと、父さんの話? 父さんは……父、さん?」

 幼い頃は確かに父がいた記憶がある。よい父でよく遊んでくれたものだ。母とも夫婦仲がよかった。オリビアは父が大好きだった。

 けれど、それ以上の父のことが出てこなかった。

 まるできれいさっぱり消されたかのようにその後の父のことが全くわからず、母と祖母と暮らしていた記憶しかない。あんなに、あんなに好きだった父が、思い出せない。

「あれ、おかしいな……いや、なんで、なんで覚えていないの? どうして!?」
「オリビアさん、落ち着いて!」

 頭を抱えてパニックになりかけたオリビアだったが、彼の声で我に返った。

「ごめん、僕が変なことを聞いてしまった。……僕は何も聞かなかった。君も何も思い出していない。いいかい? ほら、深く息を吸って」
「わた、私は、何も思い出して、ない……何も聞かれてない……」

 ぼうと彼の言葉を反復して、言われる通りに深呼吸をしていくうちに激しかった心臓の音もおさまってきて、しばらくしてようやく落ち着いた。

「ごめんなさい、取り乱してしまって。ええと、何を話していたんだっけ?」

 客に何か変なところを見せてしまったようだ。へらりと笑って尋ねると、彼は表情の読めない顔で首を振る。

「いや、大したことは聞いていないよ。それより、悪夢を見ていたんだっけ」
「ああ、そうだった」
「ねえ、妻を助けてくれたお礼だ。うまくいくかはわからないけれど、悪い夢を消すおまじないをしてあげよう」

 急に彼はよくわからないことを言い出した。確かにオリビアは悪夢を見ていたようだけれど、おまじないをかけると言う彼が面白くて、思わず了承してしまった。彼がどんなまじないをかけるのか少し面白そうだったからだ。

「目を閉じて。それで、ゆっくり呼吸をしているんだ。少し額を触るよ。けれど気にしないで、先ほどの悪夢のことだけ考えていて」

 彼のいうことは不思議だ。悪夢を消すと言うのにそれを思い出せと言う。まあほとんど信じていないから彼の言う通りにしてやろうと思った。そっと額に触れたのは彼の指だろうか。それにしては硬くて、なにか木の棒のようなものが触れているように思えた。
 すうと何かが消えていく感覚。繊細で、しかし不安定な、なんとも言い難い感覚が額を通って頭全体に行き渡るような、そんな不思議な感覚がオリビアを満たしていた。

「君、大丈夫かい?」

 気がつけば、彼のまじないは終わったようだった。身体の汗は引いて頭に残っていた不快感も完全になくなっている。悪夢を見たということだけは覚えているが、その中身は全く覚えていなかった。

「えっ、あなた今何をどうしたの?」
「企業秘密。気分は悪くない?」
「ええ、全然。ありがとう。あなたってなんだか不思議ね。まるで私の祖母みたい」

 自分で言った言葉に納得する。彼は祖母に似ている。ミステリアスでまるで魔法を使ったかのようなところだ。

「祖母君か…………確かにそうだな」
「何か言った?」
「いいや、なんでも」

 不思議な彼は、いい夜を、と言って客間に戻っていった。オリビアも、今ならばぐっすりと眠れそうだ。なぜリビングルームにいたのかは自分でもわからないけれど、さっさと自室へと戻っていった。


 翌日、赤髪の女性は目覚めたようだった。顔色も問題なく、夫の代わりに子供を抱えて頭を下げた。

「気分は悪くないかい? もう少し休んで行ってもいいんだよ」
「いえ、本当に大丈夫なんです。本当にお世話になりました。この人じゃあ家事はできないわ。私がやらないと」
「やらせないと身につかないよ。旦那はちゃんと尻に敷くことだね」

 祖母と母と赤髪の女性が話しているところをオリビアは少し離れた場所から見ていた。彼女は眠っている姿もきれいだったけれど、こうして動いて話している方がきれいだ。話の内容に旦那の目が白黒していることは知らないことにしておいた。

「──それじゃあ予言は外れたってことか?」
「いや、あちらの家ということも……帰ってみないとわからない」
「どちらにしろ結局ここはなんともなかったんだな」
「帰った時に我が家がどうなっているか怖い気分だよ」

 こそこそとなんだかよくわからない話をしている男性三人組に近づいていくと、話を聞かれたら都合が悪そうな視線をこちらに送られた。失敬な。

「私が助けない方がよかった?」

 一言そう聞いた。彼らは顔を見合わせて、しかしはっきりと旦那がまっすぐにこちらを見て口を開いた。

「いいや、全くそんなことはないよ。本当に、本当にありがとう。……もしかしたら、妻も僕も死んでいたかもしれない」
「それは大袈裟なんじゃないの? でもよかった、私のやったことが全くの無駄にならなくて」

 そう言って笑ったオリビアに、彼らもにっこりと同じものを返した。







「無駄どころじゃあなかったよ。本当にありがとう」

 そう呟いた人のことを、数日後には忘れることになるとはこの時のオリビア達は思いもしていない。ただ、ふとした時に思い出す。悪夢を食べる獏に似た人がいたような記憶を。




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