夏の夜の夢


 全身からだらだらと冷や汗をかいて飛び起きた。自室の窓から見える空は全くもって太陽なんて上がっていないし、時計をみれば針はまだ深夜であることを指していた。
 ばくばくと心臓が飛び出そうと足踏みしていて、なんとかそれを押しとどめることで精一杯で、ようやく落ち着いてきた頃にはいやな汗も少しは引いてきた。けれど頭の中は動揺でぐちゃぐちゃになっていて、この夜のような静けさを取り戻すまでにはまだいくらか時間がかかりそうだ。
 星のない、黒をまとった雲が全てを覆いつぶす夜だった。ふらふらとベッドから這い出て空気にさらされた肌はじんわりと汗で湿っていて、けれど喉はからからに渇いている。シャワーでも浴びようかと考えたが今が深夜であることに気がついてやめた。なまぬるい水をコップに注いで喉を潤して、ようやく喉の渇きは訴えることを止めた。は、と漏れ出た息を飲み込んで震える手で胸を押さえると、いまだそこは大きくだくだくとその存在を示していて、先ほどまで見ていた夢がどれだけ異常であるかを主張している。

 夢の中のそこは薄暗い墓場だった。寒気を感じるのは、日が沈んだ後であるからか、それともこの場所に漂う圧倒的な存在から発しているものなのか。恐ろしく強大な存在がそこにあり、他にいくらかの人間の姿もあるように感じたが、たったひとりの顔のみ夢の中では見えた。
 来年ホグワーツへの入学を控えるカレンよりも五つくらい上の男の子。体格は父のようにしっかりとしていて、きっと少し走るだけで息をあげてしまうカレンとは大違いなんだろう。
 とてもハンサムな男の子だった。カレンのおかしな夢などではなく、舞台の上やテレビの箱の中にいるべきだ。いや、これほど引き締まった体格をしているならスポーツ選手なのかもしれない。
 その男の子は誰かと一緒にそこにいて、きょろきょろと辺りを見渡していた。男の子も他の誰かもその場所に慣れていない様子だ。
 そうして、緑の光が見えたような気がして、カレンは飛び起きたのだった。

 それから夜明けまでの永遠にも似た長い長い夜を迷いながら、ただただ悶々とした朝を迎えた。ほとんど気を失うように眠っていたらしいカレンが起きたのは、自分の部屋の下で物音がして、家族が起きてきたからだ。
 頭ははっきり冴えているのにとろりと微睡が肩を組んでくるのをなんとか振り払って重い身体を起き上がらせて、階段をゆっくりと降りる。キッチンでは母が、先ほど庭で摘んできたらしいベリーをボウルに入れて洗っているところだった。父はまだ眠っているようで、階段を降りている途中でもいびきが聞こえてきたからすぐにわかった。
 カレンは魔法使いの父とマグルの母のミックスだ。だから基本的に家の中では魔法は使わずマグル式の生活をしている。カレンが父に魔法を教わるのは父の部屋だけだ。

「あらカレン、どうしたの? ひどい顔よ」

 父は、母には言っていないようだが、古い歴史のある旧貴族の次男らしい。マグル生まれの魔女ですらなかった母に魔法使いであることを明かしてまで結婚したかったのだと言っていた、その父が惚れ込んだ母の笑みは娘の自分から見ても美しくて、ほんの少しだけでもこれを受け継ぎたかったものだ。ふうわりと花びらがほころぶような微笑みの母に、この夢の話をしていいものかどうしようか迷った。ただでさえ、できるだけマグルに魔法界のことを事細かに話さないようにと魔法省から取り決めがあるというのに、このようなことを言っていいだろうか。
 黙ったままのカレンに、母はわずかに寂しげに目を細めた後、お父さんを呼んできて、とそっと囁くように言った。

「カレン、どうしたんだい?」

 父を叩き起こしてきたはいいものの、どう話したらいいものかと悩んで、結局父の前でもまごついてしまった。けれど今度は父も母もじいとカレンの言葉を待っていて、ようやく絞り出した言葉が出るまでずっと動かなかった。

「私……私ね、夢を見たの」

 ぽつりぽつりと夢の内容を途切れがちに伝えると、それが進むに連れて母の顔色は悪くなって、父の表情はどんどん抜け落ちていった。

「それで、その男の子、は」

 死んでいたの。

 父も母も私も、なにも言わなかった。じいじいとうるさい外の虫の音がいやに耳に響いていた。
 これは幸せな夢でもなくただの夢物語でもなく、人が死ぬ夢だった。ただの夢ではないのだと悟った理由はわからないが、決して単なる幻覚ではないという確信があった。けれど深い夜更けに父と母を叩き起こして言うようなものでもなかったのだから、両親をここまで驚かせるつもりはなかったのだ。

 この出来事を信じたくなかった父は、それでもその日のうちにカレンを連れて魔法省へと足を踏み入れた。ただの夢ではないのだと父も判断したらしい。そうして、ほとんど扉の開かれることのない神秘部へと招き入れられた。その場所には入ることができないのだとお伽話のように言われていたその場所に入るだなんて昨晩のカレンは考えてもみなかったし、きっと父も、家で帰りを待っている母もそうだろう。
 神秘部に入るまでの魔法省職員達とは明らかに見た目から話し方まで異なる職員の数人から代わる代わる話を聞かれ、そうして常では禁止されている開心術とカレンも覚えていない頭の中の記憶を見ることのできる魔法をかけられ、夢の中の出来事を余すところなく伝えることになった。
 当日できることを全て終えた時にはカレンは身体を動かしていないのにもかかわらずすでにくたくたで、椅子に座って父と職員の話を聞いている間にはうつらうつら船を漕いでいた。どうやらその中で、カレンが見たと思われる男の子は同じ歳にホグワーツ魔法学校に同じく入学予定であることを話した。それは魔法省職員の男性の息子であり、本人や家族にはまだ話はしないが、ホグワーツの校長であるダンブルドアに彼の動向を見張っていてもらうことを伝えたとのことだ。
 その男の子はカレンと同い年で、写真も見せてもらったが確かに夢の中の彼そのものであった。そのためカレンが見た夢は未来の予知夢であるかもしれないと判断された。そうしてカレンは予言者の可能性があると神秘部の職員が満場一致で話していたらしい。

「──それでは今日の聞き取りは以上になりますが、今後もカレンさんについてのお話は引き続きお聞きしたいと思っております。ホグワーツ入学後も定期的に神秘部へくるように。また夢日記は毎日つけていただきます。こちらでいつでも中身の確認ができるノートをお渡しします」

 そう淡々と伝えた職員に、父もカレンもただ頷くことしかできなかった。

 カレンの生活は目まぐるしく変化してしまった。なんと言ってもカレンはホグワーツに入学するまでは毎日のように神秘部へと足を運んでいたからだ。夢日記を書けと言われても翌日から覚えているわけもなく、朝食を食べて一息ついてから思い出すことなどはじめの一週間はずっとそうだった。そのため記憶を見てもらいに神秘部へと足を運び、ホグワーツ入学前の子供がひとりでそこにいけるはずもなく父も毎回連れてきていた。朝起きてすぐに夢日記のことを思い出せたとして、その夢の記憶などふわふわと漂っていくだけでしっかりとつかみとることはできず、結局魔法省へと向かうのだからしかたがない。ようやくカレンが毎日しっかりと夢日記をつけられるようになったのはカレンが十歳になった年の七月だった。

「カレンさん、ホグワーツでもしっかりと夢日記はつけていてくださいね。また少しでも、直感的にでもひっかかりを感じた夢を見たのならすぐにダンブルドア氏を介して連絡を入れるように。授業が休みの日には月に一度は必ず神秘部へきてください。本当は毎週きていただきたいくらいなのですがね」

 この一年でほんの少しは心を許されたらしく、カレンに対して神秘部の職員の数人は好意的に接するようになった。そうして、言われた言葉はホグワーツに入学してもカレンは魔法省通いの生活を送ることになってしまった。とうにカレンの実家と魔法省の間に煙突飛行ネットワークが敷かれ、カレンひとりでも神秘部へと行くことができるようになっている。また神秘部では過去使用されたことのない魔法省職員のアシスタントとしてカレンは登録され、正式に魔法省への立ち入りが許可された。他の部署でもその許可を得られるのはほぼ入省の内定が出ている最終学年の生徒で、神秘部の配属であることも重なってカレンは他の部署の職員達からは異端の目で見られていることもよくよく理解していた。

 そうしてホグワーツに入学する直前にすでに神秘部の職員から、数年後に開催が予定されている三大魔法学校対抗試合についてカレンは聞いていた。この話についてはブルガリア、そしてフランスの魔法省と十年以上も前から話し合いが行われており、開催の目処がたったらしい。魔法省の中でも最上級の秘密事項ではあるのだが、カレンの予知夢がそれに関わっている可能性があるため、その内容はカレンも知るところである。なぜなら、予知夢の中でセドリックが着用していたスポーツのユニフォームに似たデザインは、対抗試合の代表選手が着用する予定のユニフォームと全く同じであったからだ。
 すなわち、セドリック・ディゴリーは三大魔法学校対抗試合の代表選手に選ばれ、そうしてその試合中に夢であった内容が降りかかる可能性が大いにあるということだ。
 そこまで解析が進んでいたことにも驚きであるが、カレンは神秘部の職員とダンブルドアが淡々と、しかし力強く話し合いをしていたことが驚きだった。予言は未来のあるべき瞬間を切り取ったものであり運命はその通りに正しく動くことで正しい未来であることを示すものだという神秘部の職員と、悪しき未来の可能性のかけらであるだけで変えることは可能であると言うダンブルドア。互いに一歩も引かず、睨み合いが続く二人の姿を見て、どうしてか見てはいけないものを見てしまったように思ってカレンはすぐにその場から立ち去った。そのことが入学までずっとカレンの心の中に残っていた。



 そうしてホグワーツに入学したカレンは、初日に夢で見た男の子を見つけた。見つけてしまった。他人の空似などではなく本人であることは一目ではっきりと理解した。

「ディゴリー・セドリック」

 組み分けで早々に呼ばれた彼は、新入生も在学生もほとんどの生徒が見つめていた。きっと大半の女子生徒は同じ寮になりたいと思ったことだろう。かくいうカレンも、他の生徒達とはまた異なる心情で彼を見つめていた。以前から話は聞いていたカレンも、その男の子が同い年の新入生であったことにはどうしても妙な気分になってしまい、どういう顔をすればいいのかわからなくて彼がこちらを見たような気がしてぱっと視線を顔ごとそらした。
 彼がハッフルパフ寮に選ばれたことと、きっとカレンが彼と同じ色のネクタイを身につけることになったのはきっと関係ない。そう思いたくて、思い込もうと努めているカレンは、できるかぎりの全てを尽くしてセドリック・ディゴリーと関わらないようにしようと決意を固めた。全く大変なことはなく、同じ寮同じ学年であってもただひっそりと存在を消して彼のみを視界から消していればいいだけだ。そうしていれば、彼が死んでもカレンは心を痛めずにいられるからだ。
 当初はしっかりと彼と関わらないようにしようと注意していたのだ。しかし、カレンが思っていた以上にハッフルパフに属する生徒は団結力が強く、そのような自寮を内心で自慢に思っていた。女子生徒達はセドリックがいかに格好よく、善良で優しいかを話し、それをカレンも肯定するだろうと疑わないのだ。同意を促さないでほしいと内心で辟易としながらも、外面はそうだねと当たり障りのないように心にもない言葉を返していた。
 二年生に進級するとセドリックは瞬く間に飛行術の素晴らしい才能を発揮してクィディッチチームにシーカーとして入り、女子生徒の話はさらに花を咲かせることになり、カレンはうんざりしていた。こうもカレンがセドリックを避けているのにもかかわらず、知らないのだから当然なのだけれどもまわりはセドリックの話ばかりで持ちきりで、彼と関わりのない生活は難航を極めている。こんなことならばセドリックと同じ寮になにがなんでもならなければよかったと思っても後の祭りで、ここまできて寮を変更することもできない。
 ため息をついたカレンを遠くからセドリックが見ていたことに気がつかなかった。

 それなのに、どうして。カレンは魔法薬学の授業でペアになったセドリック・ディゴリーを見て愕然としていた。彼の表情はいつものようにさわやかで、どうして彼が一緒にペアを組むことになったのか理解できず頭は回転を止めていた。
 調合の前に勝手に二人組を作れと言い放ち、生徒に興味を示さないスネイプ教授の言葉はいつものことで、カレンはいつも組んでいる友人の女子生徒に元に踏み出そうとして、その道を塞ぐように現れたのはセドリックだった。

「ねえ、一緒に組んでもいいかな?」

 そう言ったセドリックにカレンがどうしようかと迷って視線を向かうはずだった友人に向けると、彼女は目をきらきらと瞬かせ方を紅潮させていた。そういえば彼女は他人の色恋沙汰が大好きだったのだと思い出し、助けを求めることはできないと即座に判断した。そもそもクラスの人気者のお願いをカレンが却下することはできなかったから同じ結末だっただろう。

「カレンだよね? 僕はセドリック・ディゴリー、よろしくね」
「……よろしく」

 今まで数年間彼と挨拶することもなかった彼は律儀に自己紹介をしてくれて、そんなことは知っているとは言えないカレンはぎこちなく言葉を返す。カレンの挙動の不審さも彼は気にすることなく、調合の準備を始めた。

「ねえ、どうして私と組もうと思ったの?」
「カレンとは話したことがないと思って。君はどんな人なんだろうと気になってしまったんだ」

 セドリックの返事に、しかしカレンは言葉と表情には出さないがぽつりと内心で呟く。
 ああ、セドリックは自分が他人から好かれることを当然としていて、自分になびかない人間を物珍しさから近づくような人なのだ。気がついてしまえば、高揚感はすっとなりをひそめて後に残ったのはほんの少しの落胆だった。
 なにを期待していたのか、と自分を律してむりやり笑顔を作った。カレンと話した彼はきっと次のターゲットに移り、もうカレンには話しかけることはないだろう。そうしたら今まで通りで、またカレンは彼とは無縁の存在になるだろう。ただただカレンはなにも考えずに無心になるように自分の考えを振り切っていた。
 魔法薬学の成績は可もなく不可もなくであったはずなのにその日のカレンの手技は散々で、セドリックとペアでなければスネイプは出来上がった魔法薬を受け取ってさえくれなかっただろう。調合中にたびたび背後から睨むように見られていたことは知らないふりだ。

 セドリックと話をしたのはそれで終わり。そう、思っていたのに。それからというものセドリックはカレンによく声をかけるようになった。

「カレン、来週のホグズミードの日は予定があるかい? 特にない? オーケー、一緒に行こうよ」
「明日、ハッフルパフ対レイブンクローの試合なんだ。君がよかったら応援しにきてくれると嬉しいな」
「カレン。厨房から余ったレモンケーキをもらってきたんだ。でももらった分が多すぎて、いくつかもらってくれないかい?」

 これまでカレンと話をすることなんてなかったのに、セドリックはカレンをめざとく見つけては話しかけてくるものだから、カレンはどうしていいものかわからない。

「どう考えてもセドリックはあなたのことを好いているようにしか見えないけれど? どうするって、思いに応えてあげれば?」

 もらったレモンケーキを一緒に頬張る友人にそう言われて、カレンはこれまたレモンケーキのかけらを口に放り込んでから首を捻った。

「そんなことあるわけないって。それにラブレターをもらったわけでもないのにどうやって応えるっていうの?」
「さあ、そんなこと知らないけど。でもセドリックがわざわざ声をかけてくるってことはそういうことなんじゃないの?」
「そうかな……」
「それにあなたってこの前レイブンクローの年下の男の子になにやら話しかけられていたじゃない、きっとあなたって男の子から人気があるのよ」

 友人の話はカレンには全く腑に落ちていないが、友人は自身の言ったことに自信を持っているらしい。

「あなたってミステリアスに見えるじゃない。月に一回、ホグワーツの許可ありで外部に行っているでしょう。人間、謎があるとそれが気になってしまうものよ」

 そんなものだろうか、とレモンケーキの少し大きめの残りを一気に口に入れて、いやだお下品よと友人から言われてしまった。こんな自分がミステリアスに見えるとは思えないのだが。

「それより、ボーバトンとダームストラングの生徒がくるのって今週末じゃない! カレンがそれを見ることができなくて残念だわ。いつも金曜日の授業が終わってから行くわよね?」
「そう。だから授業が早めに終わってくれるのは嬉しいんだけれど、それでも出発には間に合わないと思う。だから、どうだったか教えてよ」
「まかせて」

 そう、今週末はまた神秘部に定期的に向かう日だ。もう四年はしっかりと夢日記をつけているのだから、一ヶ月おきに行く必要もないだろうに。そう楽観的に思っていた。




 けれど、その夜カレンはまた夢を見た。それは四年前に見た墓場で、セドリックともうひとりが墓場にいる同じ場面だった。以前と違うのは、二人がなにやらクィディッチの優勝杯に似たものをつかんで地面に転がっているところからはじまることと、セドリックと一緒にいる者が魔法界で最も名を知られているホグワーツ生、ハリー・ポッターだったことだ。二人がなにを話しているのかはカレンには聞こえない。ただ二人が会話をしているだろうことと、急に二人が墓石の間の空間を険しい顔で見つめていることがわかった。
 カレンもそちらを見ると、夢であることははっきりとわかっているはずなのに、実際にそこに自分も一緒にいるかのように背筋が凍りついた。どうしてなのかはカレンにはわからない。それなのに暗闇から見えた人影にどうしようもなく恐怖を抱き、もし夢の中で声を出すことができたのなら悲鳴をあげていた……いや実際は悲鳴すら出せなかっただろう。その人影は夢の終わりまで見ることはできなかったけれど、もしも見えていたらカレンは発狂していたかもしれない。それほど恐ろしい存在であったとカレンは断言できた。その人影から緑の光が、放たれた。
 五年前、その緑の光の正体を大人は教えてくれなかった。だから朧げに、その緑の光は死をもたらすものであるだろうと幼いカレンは考えていた。その考えは当たっていたのだが、今ならその閃光の正体がよくよく理解できる。あれは、正しく人を死に至らしめる闇の魔術であるのだと。

 カレンを自ら起きたのと、ひどくうなされているカレンを寮の同室の友人が起こそうとしたのは同時であった。

「カレン、どうしたの? 悲鳴をあげたから私までこんな時間に起きてしまったわ」

 時計は日付をまたぐ頃を指している。たった今、カレンは自分のやるべきことがわかっていた。

「ごめん、私校長先生に会わないと」
「えっ、カレン?」

 そういうや否や、カレンはパジャマ姿のままベットから飛び出した。ハッフルパフの談話室には、暖炉の前でチェスの駒をテーブルに散らかしたままで眠りこけている生徒だけがそこにいた。その生徒達が起きる気配がないことを確認して、カレンは談話室の最も奥まった壁にかかった肖像画に迷わず近づいた。

「マダム、こんな遅くに起こしてしまってごめんなさい」

 そっと肖像画に声をかけると、肖像画に描かれた夫人は目を開いた。黄色を身につけた、ハッフルパフの出身らしいその夫人は一瞬むっとした表情を浮かべるが、目の前にいるのがカレンであることにすぐにその顔は柔和に笑んだ。

「あらカレン、どうしたの?」
「本当にごめんなさいマダム。今から校長先生に大事なお話があるの。校長先生ももしかしたらこの件で私が呼び出すかもしれないことをご存知だわ。申し訳ないのだけれど、校長先生を呼んでいただけるかしら。私は自分では外に出られないの」
「しかたのない子ね、わかったわ」

 その肖像画はこのハッフルパフ寮に飾られている肖像画の中でも唯一校長の部屋に入ることのできる肖像画でだ。二つ返事で了承してくれた夫人がその額縁から姿を消して、カレンはじいと到着を待っていた。
 到着はカレンが思っていた以上に早く到着した。やってきたのはダンブルドアだけではなく、寮監のスプラウトも一緒であった。二人と一緒にカレンは校長室へと向かった。

「先生、私、予知夢を見ることをご存知でしょう。先ほどまた予知夢を見ました。だから神秘部へと向かいたいのです」

 そのカレンの言葉に、スプラウトは驚き、ダンブルドアも目を見張った。

「どんな予知夢です?」
「……セドリックが、死ぬところです」
「以前と同じ時をかのう?」
「ええ、でも前よりも細かなところがはっきりと見えました。きっと神秘部の職員にも同じことを話すことになると思うので、まずは連絡をとってもらえますか」

 火急の要件であると判断したダンブルドアはすぐに魔法省へと連絡を入れた。いくら神秘部といえど夜勤はないので、ダンブルドアがふくろう便ならぬ不死鳥便を送ったのは神秘部の職員の家そのものだろう。
 ホグワーツ城内ではないので時間がかかると思ったが、職員の数人が現れたのはダンブルドアが連絡をしてから一時間もたたない時であった。予知夢を見て興奮してしまっているだろうからといれてくれたミルクティーを飲んでいると、やってきたのはカレンのよく知る神秘部の職員だった。そのことにほんの少し安心した。
 そうして、カレンは夢で見た全てを話した。

「選手としてディゴリーの息子に加えてハリー、ポッターが出ていたというのか?」
「カレンの言うその優勝杯は確かに対抗試合の優勝杯に似ている。二人がそれをつかんでいたということは……」
「ああ。この現象、ポートキーの着地に似ていると思わないか? 運輸部の者に調べさせようか」
「だが優勝杯にポータスの呪文をかけてまでしたいことはなんだ? ホグワーツからハリー・ポッターとセドリック・ディゴリーを遠ざけることか?」
「いや、他の魔法学校の生徒がポートキーにてやってくる可能性があるだろう。ならば誰でもよかったとも考えられる」
「その場にハリー・ポッターがいることが偶然だとでも本当に思っているのか? ハリー・ポッターを狙った可能性は他の誰よりもあるだろう」

「カレンはその夢で、ヴォルデモートを見たのじゃろう」

 思い思いに考察をぶつけ合う者達がそのダンブルドアの言葉に一斉に口を閉じた。その中で、神秘部の予言管理課長がひとりダンブルドアに言葉を返す。

「……大臣はそうお考えではないようだが、我らもそう考えている。死喰い人達の中でも最も凶悪な者どもはほぼ全てアズカバンに送られている。後に残ったのは己の可愛さに身を隠している腰抜けどもだとムーディも言っていた。その者がハリー・ポッターを狙うとも考えられるが、可能性は五分五分にも満たない。例のあの人がもしも生きていたのならば、最も考えられる可能性はそれになる」

 みなの視線がカレンに集まった。カレンはといえば呆けた表情をしていた。まさか予言者でもない自分の夢について大人がここまで議論を交わすとは思っていなかったのだ。

「私達はカレンの夢が予知夢であると確信している。今日はもう遅い、明日になったらまた魔法省へきてくれるだろうか」

 その職員の言葉にカレンは頷くほかなかった。だが自分の夢が確かに予知夢であったとしたら、なんという一大事関わることになってしまったのだろうか。


 そうしてカレンは金曜日の夕方までホグワーツに戻ることができなかった。このことは魔法大臣の耳にも入ったが彼はまだカレンの予知夢を、そしてそこで例のあの人が復活するのだとは信じていないようだ。
 ホグワーツに帰ったカレンは本来ならば見ることのなかったはずのホグワーツ以外の二校の到着に偶然にも間に合い、その二校がやってきた空飛ぶ巨大な馬車と船を見ることができた。そして歓迎式にも問題なく出席した。
 しかし二校の生徒の入場中もカレンの頭の中は、帰る直前までダンブルドアと神秘部一同がいまだに予言に従うべきか逆らうべきかを話し合っていてそれが解決していないことを悶々と考えていた。どうせ対抗試合の内容は数年前に聞いているのだ。今さら聞かなくても全てを知っていた。
 神秘部の予言に関わる者は、予言に従うべきだとゆずらない。それも当然である。神秘部にてカレンは過去を変えることの恐ろしさをいやと言うほど聞いている。すなわち、時間を操作することは元に戻すことのできない事態を引き起こすことがあり、予言に従わないことが緻密に入り組んでいる編み物の紐を一本抜いたがゆえにばらばらになるように破綻する可能性があるということを知っているだ。
 過去、予言を知っていながら従わなかった例は数回あったという歴史も聞いた。もちろんこれは神秘部と魔法省の上層部数人が知っている事実であり、外に漏れ出してはいけない事項だ。
 およそ二百年前に数百人の魔法使いが亡くなったという魔法界でも屈指の事故があり、それが数人の命が落ちるという予言を聞いた青く若い魔法使いの数人が予言に逆らう行動をとったせいであることが世に知られれば、予言になかった犠牲を払う原因となった魔法使いに対して故人の家族達が裁判や復讐を起こしかねないからである。カレンは正しく、予言に逆らうことの恐ろしさを理解していた。
 今まで幾人の魔法使い達が、己こそは大丈夫であると驕って無責任に未来を変え、そして万事解決に至らず悲劇を起こしながら歴史が流れてきただろう。それを知っているカレンは、たとえセドリックが死んでしまうかもしれないと知っていながら、大広間から寮に戻ってからもセドリックに声をかけることができなかった。
 自分が代表選手に立候補して、セドリックの代わりに自分が選ばれればセドリックは死ぬことがないのかもしれないと少しだけ考えていた。だが自分が立候補したところでセドリックを押しのけて自分が代表選手になれるとは微塵も思っていない。自信がなければ実力もない、そんな人間だということをまざまざと感じさせられた。
 少し前までは、こんな自分が誇らしかった。なにも取り柄のない自分は、実は未来が見える選ばれた人間なのだと良い気になっていた。だが他の部分は人並みであることはどうしようもなくて、結局のところカレンはただ未来が見えるだけの凡人であった。ハリー・ポッターは予知夢を見ることができなくともその蛮勇とも言える行動力で数々の事件を解決したりかつて全世界が恐れた闇の魔法使いを退けてきたし、セドリックだって勇敢な行為はハリーほどなくとも明らかに自分よりも才能のある人間だ。未来予知であっても、単に見えるだけではなにひとつカレンは凡人と変わらないのだ。
 変えることができないのなら、未来など見えてもただの夢にすぎない。自分の無力さにじんわりと目が熱くなって、狂ったようにセドリックを中心にできる人だかり、もといセドリックなら確実に代表選手に選ばれると口々にもてはやして持ち上げる騒乱を背にカレンは夜風に当たりに寮の外へ出た。
 十一月の城の外の風はカレンに冷たい。涙目になっているカレンを暖かく包み込んではくれず、身体にぶつかってきては知らんぷりだ。視線の先にハグリットの住む小屋が見えるが、そこに入ればハグリッドに泣いていることがわかってしまうから入ることはない。それでも寒さは我慢するには難しくて、こんなことならローブを持ってきたらよかった、とは思うものの、あのセドリックを中心とした空間には行きたくなかった。

 セドリックは代表選手に選ばれたせいで死ぬのに、どうしてみんなそれを望んでいるの? みんなセドリックに死んでほしいと思っているの?

 誰にも言えない言葉が、怒りの涙になってぼろぼろと落ちてくる。息も荒くなってきて嗚咽が止まらず、両手で口を押さえてうずくまった。呼吸を嗚咽が塞いでうまく息が吸えない。
 ここに誰もいなくてよかった。こんな姿、たとえばスリザリン生だったら指差して笑うだろうし、自分の知り合いの生徒であれば慰めてくれるだろうが理由を聞かれるだろう。自分が予言者であることはホグワーツの教師であっても数人しか知らないトップシークレットで、なにも言えるはずがない。
 ぐずぐずと泣いているカレンに土を踏みしめる音が聞こえて、誰かがこちらに向かってくることがわかった。
 なによ、もう。空気を読んでよ、なんて内心で罵っていると、その足音はカレンの近くで止まった。確実にこちらにきた人はカレンがうずくまって泣いていることがわかるだろう。
 睨むように顔をあげると、そこにいたのはセドリックだった。まさかここのセドリックがくるとは考えていなかったカレンは睨むのも忘れて目をぱちりぱちりと瞬かせる。その拍子にひっかかっていた涙がまつげからぽろりと落ちた。

「カレン、大丈夫?」

 セドリックがかがんでカレンの顔を覗き込もうとするので、慌てて立ち上がろうとしたが足に力が入らないカレンが転んでしまいそうになり、しかしセドリックが手を引っ張ってくれたおかげで転倒することなく立ち上がることができた。

「ありがとう。セドリック、あなたはどうしてここにいるの?」

 涙をブラウスの袖で拭いながら聞くと、セドリックは変な顔をした。

「君が寮から出て行くのが見えて。泣いているのかなって思ってついてきたんだけど、本当に泣いていたんだ」
「別に、寮にいた時は泣いてなかったのに」

 そうしてセドリックは予想通りの質問をした。

「どうして泣いていたんだい?」

 どう答えていいものかとても悩んだ。嘘をつくのはわかりやすいと家族によく言われるから完全な嘘はだめだろうし、泣くようなことが身の回りであったかといえば、馬鹿正直にセドリックが対抗試合の代表選手に選ばれたことだとしか言いようがない。長い時間悩んでいたように感じたけれど、セドリックはじっとカレンの答えを待っていた。

「……セドリック、本当に代表選手に立候補するの?」

 いろいろと考えた挙げ句に出てきたのは、馬鹿正直な事実だった。

「うん、まあね」
「ダンブルドア先生が言っていたじゃない、死人が出たって。死ぬかもしれないのに、それでもなりたいの?」
「まだ僕が選ばれるとも限らないよ」
「うん、でも私はあなたが出場すれは必ずあなたが選ばれるってわかっているから」

 顔が火照って、声が震える。なんだ、これでは自分がセドリックに告白する直前みたいじゃない。そんなことを冷静な頭がどうでもいいことを考えたので振り払った。

「もしかして、僕を心配してくれてるんだ?」
「そんなわけじゃあ、ない、けど」

 尻すぼみに声が小さくなっていくカレンに、くすりと笑うセドリック。風が強く、近くにいなければ聞こえないくらいの声が聞こえてくる。

「大丈夫だよ。ダンブルドア先生も安全に万全を期していると言っていたから」
「それでも、」

 未来であなたは死んでいたの。思わず飛び出そうになった言葉をぐっと飲み込んだ。家族以外には自分が予言者であることは話してはいけないと言われている。でなければ悪いことを企む者に拉致される恐れがあるからだ。もちろんセドリックにも同様で、危ないところであったと冷や汗が伝った。

「……万全なんてあるわけないでじゃない。いつだってアクシデントはつきもので、そのせいで大丈夫大丈夫って言っていた人が死んでしまうの。……死んだらもうなにもできないんだって、なんでわかってくれないの」

 話しているうちにまた涙がどんどん出てきて、ぐずぐずと鼻を鳴らしてまた涙を拭った。今まで危険にさらされたことがないからこそ、カレンは死が恐ろしい。死んでしまったら彼はクィディッチも友人と遊ぶことも、話すことさえできないのだ。けれどセドリックはそれを恐ろしくないのだろうか。死んでもいいと思っているのだろうか。予言を知るダンブルドアが、そして他でもないカレンがセドリックの死を回避したいのだと内心で思っている。セドリックが死ぬであろうことを知らない他の生徒だってきっと同じだ。セドリックに嫉妬する人はいても、心から嫌っている人間など本当にごくわずかなのだから。
 今ここでセドリックの命運が決まるのだと思うと、どうしたって手を伸ばしてその手をつかんで離したくない。どこにも行かせたくない。目の前の人が死にに行くのなんて、他人の命を見殺しにするだなんてカレンには耐えられないのだ。

「セドリック、あなたが死んでしまうかもしれないと思うと対抗試合に出場の立候補さえしてほしくないの。ごめんなさい、あなたはきっとこんなこと言われたくはないと思う、でも私は、」

 あなたが死んでしまうのはいや。
 数秒の間、空気が止まっているのがよくよくわかった。セドリックの返事はどんなものだろうか。そんなこと知らない? 出場を決めている僕にそんなことを言うな? 悪い想像ばかりが次から次へと生まれては消えていって、セドリックもなにも言わないのだからますます彼の起こすだろう反応を見るのがとても怖い。ぎゅうと目をつむり、また一筋カレンの頬に涙が伝った。

「……それなら、僕は出るわけにはいかないな」

 セドリックの言葉に驚いて目を開き見ると、彼はやれやれと言いたげな、弟妹を見る兄のような表情をしている。

「え……でも、」
「別に出場しないと死んでしまうとかそういうことではないし、正直なところ出たい気持ちはやまやまなんだけど君が泣くから仕方ないよ」

 セドリックは悔しい気持ちなど全くないかのような表情で、カレン自身が出てほしくないと言っていたのに喜べない。カレンがセドリックの意思に反することを素直に聞いてくれたことに動揺しているのかもしれない。

「出てほしくないと君が泣いているから、それが僕が死ぬのがいやだからだなんて、そんなの聞かないわけにはいかないじゃないか。別に、僕に出場してほしいって泣いてすがった人はいないしね」

 驚いて涙が止まったカレンに、セドリックはまた笑った。さらにカレンを安心させるために軽く抱きしめた。

「……あり、がとう」
「謝られることはないよ。クィディッチに慣れていて、この対抗試合が危ないっていう感覚を忘れていたから、もし僕が本当に死んでしまっていたら君のいう通り全て終わりだったよ。僕はまだまだやりたいことがたくさんあったからまだ死ぬわけにはいかないんだ」

 さあ、とセドリックが手をとり、カレンは彼に連れられて医務室への人通りの少ない廊下を進んだ。人気者のセドリックはいつも女子生徒に囲まれないようにと人の少ない道を選んでいるようで、もすうぐ門限だと言うこともあって彼の進む道では誰とも遭遇しなかった。カレンの目の充血と腫れを治してほしいと言ったセドリックに、そんなことで医務室にくるんじゃありませんと言いながらも魔法ひとつでカレンの目は元通りになったのだからさすがはマダム・ポンフリーだ。
 そうして、翌日の夕食の時の大広間でセドリックの名は呼ばれなかった。その代わり、カレンの予知夢の通りのハリーポッターと、ゴブレットの見解ではセドリックの時点で出場候補だったらしい生徒がホグワーツの代表選手として選ばれた。それを見ていたセドリックの目には羨望が滲み出ていたが、ひとつ瞬きした後には彼の目にはそれは見えなかった。


「あなたがどのようなことをしたのかしっかりとわかっているのですか!」

 日曜日の朝一番にカレンはスプラウトとダンブルドアを介して魔法省から呼び出しを受け、出向いた神秘部の事務所の中で今までに聞いたことのないくらいの大声で叱られた。カレンもよくよくわかっていたが、あの時はどうしても自分自身の本心を抑えきれなかったのだ。

「セドリック・ディゴリーの代わりに選ばれた生徒がドラゴンに食われでもしたらどう責任をとっていたんですか! こうなってしまった以上しかたがないので、このまま対抗試合で自分がしたことの大きさをしっかりと見届けていなさい」

 魔法省全体に響くのではないかというほどの大声で耳の痛いカレンは、しかし神秘部の判断で魔法大臣に話を通し、第三の課題の直前にポートキーとなった優勝杯に魔法の解除を施し、またカレンが予知夢で見た墓場と思われる場所に人員を配置するなどの対策を行なってくれていたことを全て終わった後に知った。結局のところ例のあの人は肉体と魔力を再び得てしまったと聞いてイギリスの全ての新聞はそれで持ちきり、逃したのは魔法省の失態であると大見出しに書く新聞さえあったが、カレンはこの結果がまぎれもない僥倖であり、魔法省のさまざまな部署が連携しあった結果であることを知っている。それを指摘すると神秘部の職員達は、一応自分たちも魔法省の職員であるのだからと言っていたが、カレンは彼らが仕事には真摯に取り組むことを知っている。彼らだって人が死んでいいとは思っていないだろうし、一度カレンが変えてしまった運命ならば最善の未来にねじ曲げようと決定したことは何度も話し合った結果なのだろう。セドリックが生き残ったのは間違いなくカレンではなく魔法省の職員達のおかげであるのだが、きっとカレンが行動を起こさなければ魔法省も動かずセドリックは死んでしまっていたかもしれない。
 予知夢に逆らったカレンは悪いことをしたのだとは全く思っていない。きっと過去に戻れたとしても、同じことをするだろうと確信している。しかし、たくさんの人に迷惑をかけたことは事実である。だから、カレンは魔法省に入職し、現在は神秘部の職員となっている。自分がここで働くことで、罪滅ぼしではないが恩義を返そうと思っているからだ。
 今でもたまに予知夢は見るが、例のあの人──ヴォルデモートと死喰い人の大半が今度こそ打ち倒されてからはほんの日常の些細な出来事を見るだけだ。セドリックが死ぬ場面も、予知夢でないただの夢では幾度も繰り返して見ていたが、今ではその数も少なくなった。
 たまにどうでもいい予知夢を見て、普段は神秘部で予言の管理や観測者の定期確認などの仕事をして、たまにクィディッチのプロスポーツ選手となったセドリックの試合を見に行く。それがカレンの日常だ。
 セドリックとは特に距離感は変わっていない。カレンが泣いてすがってセドリックの対抗試合の出場を妨げた後もたまに会って話をするような友人関係は続いている。友人が期待していたようなことは全然ないけれど、カレンはこの関係性が好きだ。

 今でもふと考えることがある。
 カレンは予言者であり、みなが知らない予言と運命、未来と過去の関係性について知っている人間なのだから、理解しているからこそ間違いを犯すはずもなかったのに、自分はどうしてセドリックを助けたいとあれほど強く思ったのだろう。
 その問いは今でも答えがない。けれど、あの時セドリックの死を阻止しようとしたことが、もしかしたらカレンにとっての自分が生まれた意味、自分の役目なのかもしれないと。きっとそうなのだろうと思いながら、今日もカレンは夢を見る。
 カレンとセドリックが一緒にいる夢を見て、起きて赤面しながら慌てふためくことになるのは数日後のことだが、それはまた別の話。

 全てはそう、あの夏の夜の夢がはじまり。




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